今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

拒絶は宝の山

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(写真:春待ちの里)

『信ぜずば 謗ってなりと
くれよかし
汚れぬものは 洗われもせず』

昔、僧侶が仏法嫌いの男のご縁を念じて詠んだ歌です。

仏法嫌いですから、寺で法を聞かせることはできません。仏法を信ずることができないのなら、せめて謗ってでもして欲しい。
「あんな教え、誰が聞くものか」と口に出して言えば、それを聞いた誰しもが「ああ、この男が仏法を聞くことは一生ないだろうな」と思います。
しかし、よく考えてみたら、人の悪口は相手に無関心では言えません。相手をよく知らずしても言えません。
口に出して悪態をつくままが、どんどん意識する結果になり、縁が深まります。やがて、自分の了見の間違いに気がついて、寺で仏法を聞くようになるでしょう。
ですから、素直に信じるのも縁ならば、誹るのも逆縁という縁です。

反対に、本当に縁がないのは無関心な人。寺があっても、僧侶が仏法を説いてもどこ吹く風、接点がないので、一番ご縁からは遠いのです。

同じように、私たちはお客さんから駄目だしをされると、「あの人は難しい」「うちの会社とは縁のない人だ」と思います。
しかし、本当にそうでしょか。一度、よく吟味してみたいと思います。

そもそも人間は誰しも、人によく思われたいもの。
業者さんに「うちの商品どうですかねえ」と聴かれると、普通は「いいと思います」とリップサービスをするもの。「全然ダメ」「おととい来い」なんて言って、嫌われたくない。それは、一度しか会わない業者さんであったとしても。
だから、お客さんへのインタビューは、難しいのです。市場調査では、まずまずの結果だったのに、いざ売り出してみたらサッパリと言う悲劇が起きるのはこれが原因です。

そこを敢えて「全然ダメ」と言って下さるのは余程のことですし、おそらくその人の言うことは本当です。
もっと言えば、それを口にするのは私たちに関心があると言うことで、もしかしたら期待もしているのです。

ならば、「何故、ダメなんですか?」と聞いてみましょう。
「それは、子供向けにしては値段が高いし、私たちにしてみれば甘ったるくて食べづらいからよ」と厳しい意見が聞けるかも知れません。
ならば、きちんとターゲットを絞って商品開発をすれば良いのです。
大人向けか、はたまた子供向けか。

つまり、お客さんのダメ出しは大きな壁の登場であると同時に、問題点の明確化であり、失敗要因の潰し込みであります。そして、壁を越えたら、全く違う世界が開けているかも知れません。

お客さんの関心がダメ出しと言う形で現れるのなら、敢えてそこを聞きにいく。言われてもへこまず、早目に失敗できたことを感謝する。
まさに、駄目だし(拒絶)は宝の山です。