今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

まず願う、そして叶う

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(写真:ドドドド、ゴゴゴゴ)

「同じミュージシャンを目指す全国の後輩たちに、何かアドバイスはありますか?」
「やっぱり、夢を持ち続けていれば、願いは必ず叶うということですかねえ。」

よくあるインタビューの一幕ですが、単純に「ヘェ〜」と聞くことはできません。もし、願うだけで叶うなら、誰も苦労しないですから。

例えば、「夢はいつかマイホームをもつこと」「いつかノーベル賞を取りたい」
子供なら「スポーツ選手になりたい」とか、でっかい夢を持つことは良いことですが、大人になったら、夢を見る以上は、その根拠がなくては馬鹿にされます。
全くお金を貯蓄する気がなくて、「マイホーム」などと言おうものなら、奥さんにとっちめられます。
理系の勉強を全くしない癖して、「理学博士になってノーベル賞を」と言ったら、友達に笑われます。

でも、成功者と言われる人は、みな大きな夢(志と言い換えても良いでしょう)を見ました。
まだ、雑兵のひとりだった豊臣秀吉が、「いつか城持ち大名になりたい」と言っても、まわりはまるで馬鹿にして聞く耳がなかったでしょう。しかし、その夢は終生変わることなく、ついには小作出身の秀吉が、実質日本のトップに立つことができたのです。

ただ言っているだけの大風呂敷と、大きな未来に向かっての道標と、同じ夢なのに、その違いはどこにあるのでしょうか。
おそらく、それはその人の中の思いの強さと、ビジョンの違いなのだと思います。
「〜たら、いいな」と「どうしても叶えたい、いや、叶えなくては生きている所詮がない」のモチベーションの違いは、その時点でもう大きな開きがあります。
そして、明確なビジョンがあるから、具体的な実現方法をいつも考えます。そして、行動へとつながります。

よく「チャンスは平等にやってくる。しかし、ほとんどの人はそれに気づかない」と言われます。
私たちは、チャンスをチャンスと気づかずに無駄にします。あるいは、チャンスだと気がついても、準備ができていないから、チャンスを逃してほぞを噛みます。

しかし、明確なビジョンを持って僅かずつでも、堅実に努力する人は、チャンスをチャンスとして捉え、多少ハードルが高くても果敢に挑戦するでしょう。
もちろん、志はあっても力が及ばず、不首尾に終わることは多いと思います。しかし、脱藩して要職を解かれ、ペリーの黒船に乗り込もうとして獄につながれても、なお、日本の未来を担うことを諦めなかった吉田松陰は、結果的に多くの長州の若者を育てて、日本の幕末に多大な影響を与えました。

「願いを持てば必ず叶う」それは嘘ではありませんが、明確なビジョンと熱い思い、そして不断の行動と言う条件があってのことなのでしょう。