今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

根っこの藤八

(写真:ふな艦隊北上す)
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二宮金二郎と言えば、あの背中に柴をかついだまま本を読んでいる銅像が有名です。
彼は、小田原藩主の命により、藩主の分家、旗本・宇津家の知行地であった下野国桜町領の再興に従事しています。

金二郎が赴任した時の下野国桜町領の荒廃はひどく、加えて重税に苦しんだ領民たちが次々と離散していきました。
その中、二宮金二郎は気落ちした農民たちを励まし、開墾事業を進める中で、人望を得ていきます。そして、見事桜町領の再興を成し遂げるのです。
その彼の経営手腕もさることながら、事業に取り組む姿勢がまことに立派だったので、領内や他藩でも模範とされたと言います。

そんな、二宮金二郎に有名なエピソードがあります。

ある時、金二郎が供のものを連れて開墾事業を視察していた時のこと、中に人一倍汗を流して懸命に鍬を振るっている農民がいました。
それを見て供の侍は、

「二宮様、あれはまことに感心な者ではありませんか。みなの範とせねばなりませんね。」

と褒めました。
しかし、金二郎は、その農民につかつかと歩み寄ると、

「この不届きもの!」

と一喝します。
たまげるその男に向かって、

「そなた、わしらが見回るときだけ懸命に働き、おらぬときはろくに働いてはおらぬであろう。その証拠に、今から見ていてやるから、一日中その調子で鍬を振り上げて見よ。どうだ、できるか、できぬであろう。」

と叱りつけました。
男は、金二郎たちがいる時だけ良い恰好をして、いないところでは手を抜いて遊んでいたのです。もし、そんな男に騙されて褒めでもしたら、他の者はまじめに働くことが馬鹿らしくなり、たちまち現場は崩壊するでしょう。
金二郎に叱られたその男は平身低頭して謝まり、他の農民は公明正大を重んじる彼の心根に打たれて深く信頼するようになったと言います。

また、有名な「根っこの藤八」というエピソードもあります。
藤八という男は、60を過ぎた出稼ぎの人足でした。この歳で出稼ぎをしなければならないということは、余程の理由を抱えているに違いありません。
彼には「根っこの藤八」というあだ名がありました。それは開墾を行う時、一番厄介なのは根を張った木の切り株で、他の人間の嫌がるこの切り株の根っこを、彼は自ら進んで掘り起こしたからです。
当然、老人の力で、地面に張った根を掘り返しながらの作業なので、他の人足に比べて一向に成果があがりません。
一日頑張ってもほとんど作業の進まない彼を他の人足は「根っこの藤ハ」と名付けて笑っていました。
しかし、彼はすこしもはかどらない仕事を申し訳なく思い、他のものが休んでいる時も「わしは仕事が遅いから」と続けて作業をしていました。

ある時、その藤八を二宮金二郎が呼び出しました。
(さては、仕事の遅いワシを金二郎様がお咎めになるのだろうか・・・)
首をうなだれて沙汰を待つ藤八に、しかし金二郎は150両もの金子を与えます。

「藤八さん、あんたは自分が仕事が遅いと気にしているようだが、それは人の嫌がる苦労を進んでやっているからだろう。あんたのように陰日向なく励んでくれるものこそ、他のものの模範なのだ。
ついては、これは私からのあんたへの心ばかりの礼だ。これで、家に戻って安楽に暮らしてくれ。」

藤八は、金二郎の温情に感泣したと言います。

目に見えない努力を正しく評価し、どんな立場の人間にも分け隔てなく接した二宮金次郎の偉さが分かるエピソードですが、私はこの藤八の立派さにこそ打たれます。

私たちのしなければならない仕事は一通りではありません。花形もあれば、裏方もいる。華々しく成果をあげる仕事もあれば、努力しても努力しても一向に芽がでない仕事もあります。
車でも、ローギアでガソリンをたくさん消費する道もあれば、トップギアでスイスイ走ることができる道もあります。
そうすると、誰しも苦労なく成果のあげられる仕事をしたいと願うでしょう。でも「報われない」と嫌われる仕事は、必ず誰かがしなければならないのです。

その誰もが嫌がる仕事に自ら進んで取り組み、しかもそれを愚痴るでなく、むしろ自分の努力不足を反省し、さらに励もうとする藤八は実に立派です。
また、その藤八の影の努力を見抜いた金二郎だからこそ偉かったのです。
私は、職業人として、藤八のような真摯さと、金二郎のような公明正大さを身につけたいと思うのです。