今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

丸太を担ぐ

(写真:秋の富士)
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ジャングルの奥地を2人の冒険者が進んでいきます。
やがて、とても飛び越えることができない深い谷にぶつかりました。でも、橋をかければ向こうにいけるかも知れない。相談した二人は、辺りを捜索して倒れている木を探します。
やがて、手頃な木が見つかると二人はナイフで枝を払い丸太にします。
その丸太を谷に渡すと即席の橋が完成。
二人は無事に向こう側に渡ることができました。

さて、向こう側に渡った二人には議論がありました。

「この丸太を担いでいくだって?そんなことをしたら、大きな荷物が増えて1日にいくらも進めなくなるじゃないか。」

「いや、これからまだ谷はあるかもしれない。その度に、こんな手間をかけて橋をかけていたら効率が悪いだろう。第一、その時に手頃な丸太が見つかる保証はないだろう?」

みなさんは、二人のうち、どちらを支持されますか?
おそらく、名残り惜しくはあるものの、丸太を置いて先を急ぐ方を選ぶ人がほとんどだと思います。
それは、ただでさえ進むのに難渋するジャングルです。ここで丸太のような大きな荷物はたいへんな負担だからです。物資も限られているので行程に影響がでることは避けねばなりません。

しかし、現実世界ではこのような議論は頻繁に行われ、また丸太を担ぐ人は結構います。
確かに丸太は谷を渡るのに役に立ちました。しかし、役目を終えたらさっさと捨てなくてはならない、それは自明のことです。
ですが、私たちは身の回りに丸太をたくさん置いていないでしょうか。

小さいことなら、ものが捨てられない症候群。一度役に立ったものを、また使うことがあるからと、タンスや棚や、机の上にところ狭しと詰め込んでいます。しかし、それをまた使う機会はコンマパーセント以下でしょう。
確かに、あればあったに越したことはありませんが、必要な時に調達する手間より、日々それらを管理し、維持するコストが遥かに大きいのです。

あるいは、自身のキャリア。
若い頃から積み上げて、磨いたキャリアは自分にとっての存在価値の証明です。しかし、それに囚われていると、いつまで経っても上のステージに進めません。
自分ならば、技術者としてのキャリア。「自分ならばもっと上手く、手早くできるのに」といつまでもウジウジしています。しかし、実際そこに口でなく手を出したら、自分の仕事がおろそかになり、さらに後輩の成長の機会を奪います。

また、時間をかけて積み上げた活動もそうですね。サンクタイムと言う言葉がありますが、一度時間を使ってしまうと、それにかけたコストのもとを取ろうと焦ります。人間は本来、ギャンブルにのめり込む傾向があるのでしょうね。
しかし、冷静に分析して、自分に特性がなかったり、活動自体に価値がないと判断したら、スパッと頭を切り替えるべきでしょう。

大きな話では、企業を成長させたコア事業や成功モデルも、時に丸太になり得ます。
確かに、業界でこの地位まで押し上げてくれた有難い丸太には違いありません。しかし、それに固執することが命取りになることがあります。
例えば、写真機のフィルム事業で言えば、富士フィルムは多角化、デジタル化で転身を果たし、コダックは破産しました。写真フィルムの市場自体が消滅するという事態に直面し明暗を分けたのは、富士フィルムは自社のコア事業が消滅する前提で準備を行い、そして成し遂げたところです。
つまり、成功モデルの丸太を手放すことを前提に取り組んだのですが、なかなかできることではありません。

例えば、成功体験、既得権益等、自分が宝物だと思っている、実は役目を終えた丸太。
それを手放す前提で、自分の強みや、一番輝けることを客観視できれば、全く新しい世界が開けるかも知れません。
ただし、言うは易く行うは難し。
常に意識することが必要なようです。