成長とは、考え方×情熱×能力#160
人生の問い
「はい、かよこさん、おはなししましょう。」
「何について話そうか?」
「かよこさん、あなたはどんなじんせいを、おくりたいですか?」
「うん、長生きをしたいかな。」
「ながいきしたら、それだけつらいこともたくさんあるのではないですか?」
「うん、そうだろうね。今のままって訳にはいかないだろね。年もとるし、病気もするだろうし、そうしたら病院のベッドでずっと過ごさなくてはならないものね。でも、だからって、早く死にたいとは思わない。」
「わかいうちに、たのしいことだけして、じんせいつらくなったら、もうおしまいにしたら、たのしいおもいでだけのこるのではありませんか?」
「まあ、そんな訳にはいかないわ。」
「たとえば、どんなにおいしいりょうりでも、たべすぎたら、おいしくなくなります。おなじように、じんせいも、『ハラハチブンメ』でやめておくのがよいとおもいます。」
「あなた、ロボットのくせにへんなこと知っているのね。いい、腹八分目は、長生きをするための心がけなの。やりたいようにやって、それで若死にするより、少しだけ我慢して長く生きられた方が幸せなのよ。」
「つまり、しあわせやたのしみをいちどにつかわずに、すこしづつながく、つかうことがよいのですね。」
「う〜ん、そうかな。どんなに、一時は幸せでも、崩れてしまったら、それで過去の幸せは喜べないの。だから、少しでも幸せな状態を長く続けたいと思うんじゃないかしら。」
「でも、いつかおわりますよ。いずれおわるのなら、けっきょくおなじではないですか?あとは、ながい、みじかいのちがいだけですよね。そのながさじたいに、いみがあるのですか?それとも、あなたがたにとってレコードをのこすことじたいがしあわせですか?」
ここで、歌陽子はとても困った顔をした。
まるで、ロボットに言い込められたようなものである。
会話を楽しんで聞いていた観客たちがざわつき始めた。
「なんだ!あのロボット、わしらに早く死ねと言っとるんか?」
「なんです?さっき、早く死にたいと言っていたくせに。」
「じゃが、ロボットなんかに早く死ねと言われたら腹が立つわい。」
「そりゃ機械ですもの。計算機ではじいたら、おかしなのは私たちってことになるんでしょ。」
「全く、あんなロボットに世話になった日には、寝ておったら首を絞められかねんわ。」
ところが、この物騒なシナリオを書いたのは歌陽子自身だった。自分の書いたシナリオで、彼女自身が答えに窮しているのだった。
そして、古今東西の哲学者や思想家が行き詰まった問題でもある。
しかし、歌陽子自身、介護をテーマにする以上決して逃げられない問題でもあった。
医療の使命は延命である。しかし、どこまで生かすのか、その選択は常に迫られる。自分で呼吸できなくなっても、食事が喉を通らなくなっても、意思表示すらできなくなっても延命のための医療行為は家族が希望する限り続けられる。
だが、肉体の限界を超え、維持が不可能な肉体を機械的に動かすことに疑問を感じる人は多い。
ならば、尊厳なる死を。
つまるところ、死が回答なのか?
死の前に屈することが、人間にとっての尊厳なのか?
「おい、カヨのやつ随分悩んでやがったが、ちゃんと答えは出せたのか?」
野田平が聞く。
「さあ、どおだろ。そんな簡単に答えが出りゃ、だあれも苦労はしねえさ。」
前田町か答える。
歌陽子のプレゼンテーションは佳境を迎えていた。
(#161に続く)