成長とは、考え方×情熱×能力#158
届けたいもの
「人は何を求めて生きているのでしょうか?お金でしょうか?立場でしょうか?名前でしょうか?あるいは、友達、家族?
確かに、それに間違いありませんが、でもそれは材料に過ぎません。」
「材料?お金が?」
「はい、材料です。では、なぜ私たちはお金を持ちたいと思うのでしょう?」
「そりゃ、なんかあったら困るしのう。」
「つまり、お金があれば安心できるのですね?」
「まあ、そうじゃ。」
「では、その安心はお金でなくては得られないものですか?」
「いや、そうとばかりは言い切れんのお。親身に世話してくれる家族がいたら、その方が良いじゃろうな。」
「そう、代わりが効くんです。お金でなくてもいい。そして、本当に求めているものは『安心』でしょう。安心したいから、お金が欲しいのだし、安心したいから家族が欲しいんです。だから、お金は材料。」
「うん、その通りじゃ。」
「私たちが欲しいのは『安心』と『居場所』です。失礼ですが、あの・・・。」
「山下じゃ。」
「はい、山下さんはなぜ社長になろうと思ったのですか?」
「それは、いい暮らしもしたかったし、尊敬もされたかった。じゃが、そんな甘いもんじゃなかったがのう。」
「それは、社長としての居場所を求めたんです。私たちは、いつも誰かから自分の居場所を保証して貰いたいんです。『あなたは、ここにいてもいいよ』って言って貰いたいんです。
でも、自分よりちょっぴり優秀な人が現れると、居場所が奪われる気がして不安になります。だから、そんな人が憎らしい。子供ならばイジメになるし、大人なら足の引っ張り合いだし、国ならば戦争になります。
結局、居場所の取り合いです。
山下さんは社長になって、誰にも邪魔されないしっかりした居場所が欲しかったのではないですか?」
「う〜ん、そうじゃの。」
「でも、歳をとるということは、今まで普通に出来ていたことができなくなることです。
私たちは、誰かに何かを与えることの見返りに自分の居場所を保証して貰っています。でも、身体が動かなくなったら、人に面倒をかけてばかりの自分が無価値に感じられてしまいます。そして、居場所がなくなる。生きづらくなるのです。」
聞きながらよく分からないような顔をしている人もいたが、高齢者の多くは頷いて聞いていた。
「ちょっと、東大寺さん・・・。」
席に着かず、ステージ袖で歌陽子を見守っていた克徳に、教授が声をかける。
「カヨちゃん、ちょっとしゃべり過ぎじやないか?」
「そうですな。しかし、あれも私に似て頑固です。やると決めたら、止まらんでしょう。」
「全く、あなたも前は無茶して、度々担ぎ込まれてましたからな。血は争えんと言うことでしょうか。しかし、そろそろ約束の30分は過ぎるんじゃが・・・。」
「分かっています。だから、私がここで見ていて、いよいよとなったらやめさせるつもりです。」
歌陽子は、だんだんとひどくなる痛みに苛まれ始めていた。しかし、それを表に出すわけには行かなかった。
今、どうしても届けたいものがあるのだ。
(#159に続く)