今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#156

(写真:睦み合い)

老いらくの痛み

「おお・・・、おお。そうじゃ、そうじゃ。」

歌陽子のプレゼンテーションを見ていた老人たちから、感嘆にも似たつぶやきが漏れた。

「そうじゃよ、わしは箸が好きなんじゃ。」

「私もそう、スプーンじゃ、食べた気がしない。」

「自分で箸を使って、また食べられたらどんなに良いじゃろうのお。」

「無理よ、私、スプーンでもボロボロこぼしてしまうもの。」

「わしら、もう手があかんようになっておるからのお。」

「また介護士さんに頼めないかしら。」

「無理じゃろう。あん人らも手が足りないんじゃ。」

そんなヒソヒソ声を聞きながら、歌陽子は茶碗を置くと、今度は焼き魚に箸をつけようとした。

「ああ、魚じゃ。魚はうまいのお。じゃが、骨が立つとか言って、切り身しか食べさせては貰えんのじゃよ。」

「だって、しょうがないじゃないの。」

「じやがのう、わしはさんまやイワシのような骨が多い魚が好きなんじゃよ。鮭やブリばかりじゃ、つまらんわい。こうなってみると、楽しみと言えば食べるくらいのもんじゃ。それなのに、箸を使って食べさせても貰えん。好きな魚も食べられん。生かすために食べさせられとるだけじゃ。」

「本当にね。こんな年寄りを何のために生かしているのかしら。と言っても、さあ、あなたはもう期限切れです、死んでください、と言われても困るし。」

「全くのお。若い頃は、年寄りをさんざんに見て、わしらもいつかこうなることは理解しておったはずじゃ。ところが、この身になって始めて、この辛さがハッキリと理解できたんじゃよ。だんだん生きる力を奪われて、最後転がっているしかない石コロのようになってしまう。それでも、現代医学というやつは
、わしらをどこどこまでも生かそうとするんじゃ。まるで、舵の壊れた飛行機を、必死に一分でと一秒でも長く飛ばそうとしておるようなもんじゃよ。」

「仕方ないわよ。それが老いると言うことだもの。」

「じやが、あのお嬢さんがさっきから見せてくれておるものは、少し作りものっぽいところはあるが、何だか優しいのお。」

「ほんと、うちの家族や介護士さんたちにやって貰いたいこと、そのままだものね。」

「う〜ん、じゃが、今の時代忙し過ぎるんじゃ。それに、わしらも長生きし過ぎとる。はよ、死んで土の肥やしになった方がなんぼかいいわい。」

しかし、そこで、歌陽子は手を止めた。

そして、観客席に向かって、

「いいえ、そうじゃありません。私たちの命はそんなに簡単なものじゃないんです。」

その声は、決して大きくはなかったが、不思議な力があった。
驚く老人たちを前に、歌陽子はさらに続けた。

(#157に続く)