成長とは、考え方×情熱×能力#153
再開
「ねえ、宙・・・、有難うね。」
「チェッ、黙ってろよ、ほんとはシンドイんだろ。」
東大寺克徳の一言でロボットコンテストの再開が決まり、会場の椅子がまたもとのように並べられた。
そして、一時散らばってしまった観客、つまり地域の高齢者一人一人にスタッフが丁寧に声をかけて、また集まって貰っていた。
主催側の三葉ロボテクとしても、顧客筋に声をかけていた手前、きちんとした形で終わりたかった。一応、社員でもある歌陽子の身体を気遣いはしたが、グループ代表であり、父親でもある克徳が良いのであれば、という事でコンテストの継続に賛同した。
歌陽子は、ステージの横に椅子を用意して貰って、開始までのしばらくの間待機している。
その横で、前田町、野田平、日登美の3人が再開の準備を進めていた。そこには、自ら手伝いを申し出た宙も加わっていた。
歌陽子は、その宙に声をかけたのだった。
「えへへ、ほんとはちょっとね。さっきみたいな痛みはないけど、すこしズキズキするかな。」
「ほんと、姉ちゃんはバカだよな。」
そこへ、いつの間にか後ろから近づいた野田平が、宙の頭を小突いた。
「おい、ガキ。」
「なんだよ、痛いなあ。」
「あのよお、カヨのこれはどうした?」
小指を立てながら真面目くさった顔をする野田平に、宙はすっかり面食らった。
「こ、これって?」
「だからよお、おのオリヴィアとかいう名前の外人だよ。あいつら、できてんだろ?」
え?と言う顔をする宙。そして、歌陽子の方を振り向いた。
違う!違う!と両手で否定のジェスチャーをする歌陽子。それに、オリヴィアではなく、オリヴァーてある。
歌陽子は、
「もう、野田平さん!子供をからかってはいけないです!」と抗議した。
野田平も、
「なあんだ、カヨ、おめえゼンゼン元気じゃねえか。心配して損したぜ。」と切り返す。
でも、
(この人たちといると、何だか元気でるなあ。やっぱり、ここが私の居場所なんだ。)
歌陽子は、そうしみじみと思った。
しかし、今の歌陽子には気がかりが二つ。
一つは、痛み止めを打って貰ったのに、未だにじくじくと痛む下腹部。二つは、さっきの騒ぎでヒビの入ったメガネだった。
ヒビの入ったままでは見かけが悪いし、かと言って、メガネを外したままだと、足を踏み外してステージから転がり落ちるかも知れない。
「はあ、予備を持って来るんだった・・・。」
その時、ため息をついた歌陽子の背後からすっと手が伸びて、彼女のメガネを取り上げた。
そして、驚いて振り向いた歌陽子の顔にいつもの丸メガネがそっとかけられた。
「安希子さん!」
そう、それは朝方に、寝坊した歌陽子をベンツで送り届けた安希子だった。
「一体何をしているんですか?お嬢様は。」
「でも、安希子さん、どこか行く用事があったんじゃなくて?」
「そうですよ!そのつもりで車で気持ちよく走っていたのに、急に旦那様からお電話があって、お嬢様が怪我をしたからすぐ来るように言われるでないですか。しょうがなく飛んできたら、ピンピしてらっしゃるし。全く、はた迷惑な方ですわねえ。」
「安希子さん、ごめんなさい。でも、一応怪我人なのよ。少しは優しくしてちょうだい。」
「嫌です。そんなことしたら、また昔みたいにつけあがるだけです。なにせ、私は旦那様、奥様からお嬢様の矯正を任されているのですから。」
「矯正って・・・ひどおい。私は、子供の並びの悪い歯か何か?」
そんな会話をしているうちに、コンテストの再開を告げるアナウンスが流れた。
「では、最後に『KAYOKOー1号』のプレゼンテーション行います。プレゼンターの方、準備をお願いします。」
「お嬢様、さあ、いよいよです。この一年頑張って来られたことの全てを出し切って来てください。」
「有難う、安希子さん。あと、メガネも。」
ニヤリと笑って安希子が言う。
「まあ、お嬢様はどちらかと言うと、そのもさっとしたメガネの方がお似合いですからねえ。」
(#154に続く)