成長とは、考え方×情熱×能力#150
歌陽子の覚悟
「宙・・・。」
歌陽子は弟に声をかけた。
「ごめんね。私が・・・うっ、・・・台無しにしちゃった。」
前田町が何か言おうとするのを、父親の克徳が手振りで制する。
「昔から・・・だよ。」
ポツリと宙が言う。
「いっつも物分かりのいい姉ちゃんを演じて、俺が失敗しても庇ってばかりで。でも、オレはもうバカじゃないし、優しい姉ちゃんなんて、もう欲しがったりしない。」
「・・・。」
歌陽子は無言でうなづいた。
「そうやって、父さんや母さんの点数ばかり稼いで、じいちゃんにも一人だけ気に入られて。俺の方が頭もいいし、優秀なのに、皆んな二言目には『歌陽子、歌陽子』って・・・。」
「宙、あんたは私よりしっかりしてるからだよ。だから、みんな安心して見ているんだよ。だって、学校なんか行かなくたってこんな凄いロボットを作っちゃうんだから。」
脂汗を流しながら、それでも一生懸命笑顔を作って歌陽子は一息に喋った。
だが、やがて苦しげに「くっ」と顔を歪めると、頭を父の腕に預けて目を閉じた。
息が荒くなっていた。
「お、おい。もう、いけねえぜ。」
前田町の言葉に克徳も無言でうなづいた。
宙は、そのままうな垂れた。
ちょうどその時、外からバラバラと音がした。救命ヘリが到着したのだ。
やがて、医療道具一式を抱えたスタッフを従えてドクターが姿を現した。
「東大寺さん。」
「あ、教授自らですか。恐縮します。」
「いや、歌陽子ちゃんが怪我をしたと聞いて、後のことは全部任せて飛んできたよ。」
「全く、しょうがないやつで。」
「そう、言わずに。知らない仲じゃないのだし。」
旧知の仲の教授と克徳はまずそんな会話を交わした。
そして、教授は歌陽子の上に屈み込むと、彼女に声をかけた。
「おい、カヨちゃん。わしじゃ、分かるか?」
呼びかけられて、歌陽子は薄っすらと目を開いた。
「あ、先生・・・ですか?」
「ふむ、意識はしっかりしとるようじゃの。では、脈を見るとしようか。」
そして、歌陽子の手首に電極を取り付けて脈の状態を確認した。
「よし、バイタルはしっかりしとる。大事ではないようじゃな。じゃあ、痛いところを教えて貰おうか。」
教授は、歌陽子のはだけたみぞおちから下腹部にかけて優しく撫でるように触った。
やがて、へその位置から少し下がった辺りで、
「あ、イタタ。痛いです」と、歌陽子が悲鳴を上げた。
「やはり、腸が破けておるかも知れん。
まずは痛み止めで少しの間持たせて、あとは病院に搬送してレントゲンを撮る。
用意してくれんか。」
教授は、スタッフが用意した痛み止めを、歌陽子の腹部に注射した。
やかて、歌陽子の呼吸が静かになった。
その歌陽子に克徳が聞く。
「どうだ?」
「はい、かなり楽になりました。」
「そうか。」
「あの、お父様。」
「何だ?」
歌陽子は覚悟を決めた表情で言った。
「あと、少し。あと少しでいいので、コンテストを最後まで続けさせてください。」
(#151に続く)