成長とは、考え方×情熱×能力#142
歌陽子の責任
歌陽子は、次が自分の出番にも関わらず、観客席の隅にいた。そして、宙のプレゼンへの協力者がいないと見ると進んで手を上げた。
(ひっこんでろよ、バカ。)
宙は姉の行動に心の中で毒づいた。
彼は、歌陽子に協力を求める気などさらさらない。おそらく、今もう一人手を上げている老婦人が、オリヴァーが用意した彼らの協力者なのだから。
当然、宙は歌陽子のことを無視するつもりだった。しかし、そのマダム・ピアは、あと一人の希望者に気づくと、宙に向かって笑顔を向けながら喋りかけた。
「あら、どうしましょう。また、かち合ってしまったわ。また、ジャンケンで決める?」
宙は、梨田夫人に、
「気にしないでください。今日は皆さんが優先ですから。若い人には、自分が年を取ったころにゆっくりと触って貰えばいいんですよ」と返した。
「あら、そう。悪いわね。でも、私ね、腰から下が動かないの。そのロボットに乗るにも介助が必要なのよ。」
「大丈夫ですよ。おばあさん一人くらい、ロボットのところまで運ぶくらい大したことじゃありません。」
そう言って宙は、ヘッドセットのマイクに向かって短く指示をした。
「ま、待って頂戴。私ね、男の人に身体を触られるのはちょっと苦手なの。できれば、女の人がいいわ。」
(中学生じゃあるまいに、面倒臭い年寄りだな。)
宙はマダム・ピアに心の中でぶつぶつ言った。しかし、そんな心の声は口に出さない。
このプレゼンでは老人たちの心象が一番大切なのだ。
しかし、オリヴァーのチームに女性の要員はいない。宙がオリヴァーに相談しかけた時、
「私がお手伝いします。」
と、名乗りでたのは、またも歌陽子だった。
今日の歌陽子は何かと宙に絡みだがる。
「まあ、あなた。なら、お願いしようかしら。」
「はい。」
にっこり笑って、老女に手を伸ばしかけた歌陽子に、宙が割り込んだ。
「バカ、何やってんだよ。」
歌陽子の腕を強く引っ張ると、顔を近づけて小声で言った。
宙に引っ張られてつんのめりそうになりながら、歌陽子も小声で返す。
「だって、困ってるんでしょ。あなたも、マダムも。これくらいのこと、なんでもないでしょ?」
「そうやって、年寄りの点数をかせぐつもりだろう。」
「バカねえ、そんなこと考えてないわ。」
「とにかく、引っ込んでろよ。もっと自分のプレゼンに集中しなよ。もし、ねえちゃんが大コケしたら、弟の俺まで同じに見えちゃうだろ。」
そして、ドンと歌陽子の肩を突いて突き放すと、そのままくるりと背を向けた。
「待って。」
歌陽子は、そう短く言うと宙の腕をつかんだ。
「なんだよ!」
キッと振り返る宙の目が険しくなった。
「このコンテストは、もとは私がやろうって言い出したことなの。だから、参加者の皆さんが安全に楽しく過ごして貰う責任が私にはあるの。
宙、あなたたちのロボットは凄いと思う。それは、私にもよく分かるよ。
でもね、身体の悪い人たちはただでさえ転倒とか、怪我を心配しているの。もし、ロボットに乗って何かあったらと思うのも仕方ないじゃない。
だから、私がまず試して、『大丈夫ですよ、安全ですよ』と教えてあげたら、あなたもあとのプレゼンテーションが楽になるでしょ?」
「バカ、出しゃばるなよ。」
「分かったわ。でも、マダムのお手伝いはさせて。」
「・・・、ち、分かったよ。勝手にしたらいいだろ。」
そう言い捨てて、宙は歌陽子の腕を振り払った。
「あの、気をつけてあげてね。」
しかし、その声は宙には届かなかった。
仕方なく、マダム・ピアの方に向き直ると、
「さ、マダム参りましょう」と呼びかけた。
「お願いするわね。」
梨田夫人も、にっこりと笑いながら歌陽子にの呼びかけにうなづくのであった。
(#143に続く)