今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#132

(写真:名駅サラウンド)

ベッド型ロボ

呼ばれて、ステージに出た佐山清美。
マイクの前まで進んで、そこでぺこりと頭を下げた。
パチパチと聴衆が拍手で出迎える。

顔を上げた清美は、向かって観客席左手後方の歌陽子と目が合った。

歌陽子は、清美のこと応援したいような、してはいけないような複雑な表情を浮かべている。
しかし、清美は歌陽子のそんな気持ちにも頓着せずに、ニッと笑って手を振った。
全く練習も何もしていないのに、始めてのステージでも動じない、その清美に歌陽子はとても感心した。
そして、吹っ切れたように手を振りながら、声を出した。

「清美さ〜ん、頑張って!負けるな〜!」

周りの視線を集めるのも構わず、歌陽子は大きな声で応援した。

(全く、何言ってんだろ、この子。負けるなって、競争相手に言うことじゃないわよ。)

でも、いかにも歌陽子らしいと思い直して、清美もまたエールを返した。

「かよちゃ〜ん、あんたもね。頑張るんだよ〜。」

お互いライバルなのに、エールを送りあう二人に、会場からは笑い声が漏れた。
二人の関係が滑稽だったのか、あるいは彼女たちの友情に微笑んだのか、あるいは場をわきまえない二人に苦笑いをしたのかも知れない。

そして、佐山清美は、観客席に向き直ると第一声を発した。

「それでは、私たち三葉ロボテクの技術の粋を凝らした、自立駆動型介護ロボット『SR-K01』についてご説明します。では、お願いします。」

すると、中央のブースからはピットクルーよろしく数人の技術員が飛び出し、ブース内に展示してあった大きな装置を運びだした。
そして、清美のいる簡易ステージにまで引き出すと、そこで2、3の部品を取り付けて、スイッチを入れた。

ウィーン。

静かなモーター音をさせて、装置に取り付けられたアームが右へ左へ、上へ下へと対象物を探して動き回る。

「あの。」

前の席に座った老人が声を掛ける。
それに対して、総務仕込みの丁寧な応対をする清美。

「はい、何でしょう。」

「ちょっと、ゴテゴテしとるが、それは普通のベッドではないかね?」

「はい。ベッドです。と言うか、ベッド型ロボットです。
あ、少し説明しますね。 」

おそらく、ベッドセットから川内の指示がリアルタイムで飛んでいるのだろう。淀みなく、清美が答える。
それでも、川内の男言葉を、柔らかな彼女の言葉に瞬時に変換するのはさすがである。

「このロボットのコンセプトは、ご高齢の皆さんがどうしても付き合う時間の長くなるベッドを、快適な生活空間に変えることです。
そのためにあえて、ロボットをベッド型にしました。このロボットを通じて、皆さんが加齢とともに失ってしまった能力を取り戻すことができます。
では、実際に体験していただくのが一番です。どなたかご協力いただける方はありませんか?」

佐山清美に促された老人たちは、互いに顔を見合わせた。試してみたい半分、怖いのが半分。
しかし、その時、ほぼ同時に二人の老人が手を挙げた。

「はい、やらしてくれ。」
「はい、お願いします。」

一人は、先ほど清美に前の席から呼びかけた男性。
そして、もう一人は、右前方の車椅子に腰をかけたマダム・ピアだった。

かち合った以上は仕方ない。二人は清美がどちらかを指名してくれるのを待った。
だが、清美は彼女自ら指名することをせず、再度二人に問い直した。

「時間の都合でお一人にしかお試しいただけません。ついては、相手の方に譲っても良いと思われる方は手を下げてくださいませんか?」

それで、少しの間だけ待つ。
しかし、二人の老人は手を挙げた姿勢のまま、びりっとも動かなかった。
二人とも頑固な老人と見えて、一度挙げた手は簡単には下がらない。

それで、清美から再提案した。

「では、お二人とも、じゃんけんで決めましょう。」

その時、清美のベッドセットに雑音が入った。

「こら、何まどろこしいことやっているんだ。時間がないだろ。さっさと、目の前の年寄りを指名しろ!」

川内である。
だが、清美は聞かないフリをして続けた。

「はい、ジャンケンポン。」

二人は高く挙げた手のそのままで互いにグーチョキパーの形を作った。
そして、1回目はパー同士。

「はい、あいこでしょ。」

今度はグー同士。

「はい。」「あいこでしょ。」

会場の老人たちが楽しそうに清美に声を合わせた。

それでも、チョキのあいこだった。

「あいこでしょ。」

会場はにわかジャンケン大会で盛り上がっている。

そして、

「ああ、負けた。」

「よし、わしの勝ちじゃ。」

やっと4回目で勝負がついた。
嬉しそうに勝ち名乗りを挙げたのは、清美の前に座っている老人。
会場が拍手で包まれた。

(#133に続く)