成長とは、考え方×情熱×能力#131
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佐山清美は、スポットライトの中で決まり悪そうにしている。
服装は先ほどまでと同じ、三葉ロボテクの事務員の制服。ヘッドセットだけはそれらしいが、全体に場違いな感じがありありと漂う。
他にいくらでも代わりはいたろうに、なぜ川内は彼女を指名したのか?
話は一ヶ月前に遡る。
総務部の彼女は、割と自由にいろいろな部署に顔を出す。普通ならメールで済ますことも、わざわざ相手の部署に出向いて口頭で伝えたり、手渡しで書類を渡したりした。
その小さな努力が実って、会社ではとても人気があった。
その清美が、ある時開発部技術第一課の仕切られたスペースの中に、普段見慣れないロボットを見かけた。技術第一課は、新技術の研究開発をする部署である。
人知れずロボット女子を自認している清美は、また新しいロボットが製作されているかとワクワクして、近くにいる技術者に聞いた。
「あれ、試作品ですか?」
そばの技術者も相手が人気者の清美だから、つい口が軽くなった。
「あ、あれ?去年からやってるんだ。なんでもロボットコンテストに出すとかでさ。」
(あ、かよちゃんがやってるのだ。)
「あの、これってどう動くんですか?」
「うん、これはまだ一部でさ。ここにアームが着いたり、イアホンや拡大鏡がついたりするんだ。」
「へえ、腕と目と耳ですね。じゃあ、後、足がついたりするんですか?例えば、車椅子とか?」
「え?ああ、まあ・・・。」
(この娘、鋭いなあ。)
そこへ、
「こらっ、お前!部外者が勝手に入っていいところじゃないんだぞ!」と怒声が飛んだ。
技術第一課に自席のある川内が帰るなり、目ざとく佐山清美を見つけて怒鳴りつけたのだ。
「あ、ぶ、部長・・・。」
「あ、部長じゃない!こいつは第五課の東大寺歌陽子の知り合いだぞ。技術が漏れたらどうするんだ。」
「す、すいません。」
川内の剣幕に、課内の雰囲気はピンと張り詰めた。
「たく、こんなに簡単に部外者を入れやがって。セキュリティはどうなってるんだ。」
「あの・・・。」
清美が口を挟んだ。
「何だ!」
「総務部は万能の認証カードを持たされてまして・・・。」
「バカやろ!だからって、用もないのにチョロチョロするな!」
「ひっ。」
清美は、川内の剣幕にたじたじとなった。
川内はギロリと睨んで、
「いいか、ここで見たことは決して漏らすんじゃねえぞ。」
「も、もちろんです。総務部は口が固くなくては務まりません。社員の皆さんの給与明細から、マイナンバーまで閲覧できる立場ですから。それに・・・。」
「それに、何だ?」
「皆さんの経費明細が少しばかりおかしいなあ、と思っても、内々で問題ないように処理することもありますし。」
「な・・・。」
そこで、川内は清美に顔を寄せて、小声で言った。
「おい、お前、脅してるのか?」
「め、滅相もありません。ただ、部長さえ良ければ、たまに見学させて貰えないかな、って。」
「バァカ、出直して来い。」
「はあい。出直して来ます。」
そして、その言葉の通り、清美はちょくちょく出直して来た。
もう、ロボットコンテスト用のロボットは、他に移してあったが、その場にいる技術員にいろんなことを質問しては感心していた。
川内が調べてみると、入社時は開発部志望だったと言う。
(技術好き女子って訳か。だが、それにしても勘がいい。総務部にしておくには、ちと勿体ないな。)
そして、川内の中で、佐山清美をいつか開発に引っ張りたいと思っていた折、そんな縁もあって、思い切って清美に今回のプレゼンを任せることにした。
「おい、余計なことは一切言うなよ。俺が指示するようにだけ喋ればいいんだ。わかったか?」
「はい。」
ブースの裏手で、佐山清美が川内からレクチャーらしきものを受けている。
「もしな、今回うまくやれたら、最初の希望通り開発部への移動も考えてやる。」
「ほ、本当ですか?頑張ります。」
目を輝かせて、清美が答える。
「いいか、これは実に名誉なことなんだぞ。それをよく肝に銘じておくんだ。」
「はい。でも、本来部長のお仕事ではなかったですか?」
「おい!もうその話はいい。」
そう、東大寺グループ代表、東大寺克徳の前で、娘の歌陽子を叱り飛ばし、あるいは小馬鹿にするようなことを言った。そして、それに克徳はたいへん気分を害したようだった。
そこへ、プレゼンターとして出て行ったら、どんな結果が待っているか。
それを想像した川内は身震いをした。
やがて、司会の呼ぶ声が聞こえる。
「エントリーナンバー1、自立駆動型介護ロボット『SR-K01』のプレゼンテーションをお願いします。」
「じゃあな、頑張ってこい。」
「はい、頑張ります。」
(#132に続く)