今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#117

(写真:ピンクミルフィーユ)

至福のリビング

いつの間にか、社長と言い合う形になって、歌陽子気まずく重い気分を抱えて帰宅した。

グゥッ。

お腹だけは、気分に関係なく減るものらしい。そう言えばこの時間まで、何かを口に入れる余裕は全くなかった。
それで、安希子に遠慮がちに、

「あの、安希子さん、悪いんですけど、何か食べるものありません?」と聞いてみた。

「あまり夜遅くに食べることはお勧めしませんが。」

「でも、夜の10時を少し過ぎたくらいですし。」

チッ・・・。

小さく安希子の舌打ちが聞こえた気がした。

それで、

(あ、めんど臭いんだ。)と気づいた。

だが、抑揚を抑えた声で、

「何か見て参ります。どうぞ、お嬢様はソファに腰掛けてゆっくりしていてください。」と言って、安希子は厨房へと歩いて行った。

歌陽子は、一階のリビングのソファに腰を下ろした。ここは、家族の皆んなにとって特別な場所だった。
一面のガラス張りのリビングは中庭に面しており、しかも一部が庭に張り出しているため、部屋にいながらまるで屋外にいる気分になれた。ソファの背に頭をもたせかけて、上を仰げば都会の真ん中に星空が広がった。
奥は吹き抜けになっていて、遮るものない広い空間が高い屋敷の天井まで続いている。そして、その開放感のある空間に、心地よいソファと高価なオーディオセットが置かれ、何時間でも飽きることなく過ごすことができた。
本来、ここは家族が集って団欒をする場所だった。しかし、成人の歌陽子や、中学生ながらしっかり自我が芽生えた宙、そして日頃奥向きで神経をすり減らしている志鶴もこの場所で一人の時間を占有したがった。
特に、

「ごめんなさい。一人にしてちょうだい。」

母親のその一言は、家族の誰よりも強制力があった。そして、この時ばかりは、夫の克徳も遠慮した。
それ以外は、当主である克徳と、宙が代わる代わる利用した。そして、家族の中で一番発言力の弱い歌陽子は、たまたま誰もいない時にこれ幸いと、ソファに身を投げ出して一人の時間を楽しむのだった。

そして、今日は一日の最後にご褒美が待っていた。疲れた身体と心を心地よいソファに沈めて、ふう、とため息をつく。

(ハアァ、余計なこと言い過ぎたなあ。明日、どんな顔して社長に会おう。だけど、社長も大人のクセにズバズバ言い過ぎるんだ。挙句に、金持ちが嫌いだなんて・・・。お金持ちなのは、私のせいじゃないのに。)

いろんなことがグルグルと頭を回って、気がつけば少しうつらうつらとしていた。

「お嬢様、お嬢様、こんなところで寝ないでください。」

寝落ちしかかっていた歌陽子を、安希子が起こした。

「あ、はひ、ごめんなはい。」

「さ、お食事できましたから、さっさと食べてお休みになってください。明日は早いんでしょ。」

「はい。」

そして、安希子は歌陽子の前にドンと山盛りの野菜を据えた。

「さ、これなら、あまり胃に負担をかけずに、お腹がいっぱいになるでしょ。」

野菜サラダにしては、あまりに色とりどりの盛り付けだった。よく見れば、野菜の他に、マンゴーやパイナップル、メロンのような高級フルーツが盛り付けられている。あと、お腹にたまるように、薄く切ってサッと火を通してある豚肉も乗っていた。
野菜とフルーツと豚肉、一体どんなキテレツな味かと思いきや、口の中では違和感なく調和した。

「うわあ、安希子さん、これ美味しい。どうやったんですか?」

顔をほころばせ、頰を押さえながら歌陽子は聞いた。

「まあ、たいしたことではありません。ヨーグルトをベースにドレッシングを作ったんです。頭の固いお嬢様には、想像もつかなかったでしょうが。」

(やっぱり、一言多い。)

「では、お嬢様、あまり夜更かしは美容によろしくないので、私はこれにて自室に戻ります。最後、自分のお食べになったものは、自分で片付けてくださいませ。」

「はあい。」

さあて、安希子も自室に帰り、いよいよ歌陽子はリビングで至福の時間を楽しもうとしていた・・・、その矢先。

バリッ、ボリッ。

耳障りな音が聞こえてきた。

ガサッ、ガサッガサッ。

バリッ、ボリッ。

「あ、宙。お行儀悪いわよ。」

「うるさいなあ、ねえちゃんまで母さんの真似すんなよ。」

いつの間にか、上の階から宙が降りてきて、歌陽子の向かいのソファに陣取って、盛大にポテトチップスを頬張っている。

しかも、バリバリ音を立てて、ガサガサ袋をかき回し、そしてポテトチップスの破片を大量に撒き散らしていた。

歌陽子の至福の時間は、こうしてアッサリと破られたのだった。

(#118に続く)