成長とは、考え方×情熱×能力#105
強敵
「厄介な相手って、どう厄介なんでえ?」
「そうですね。一言で言えば、オリヴァー・チャンは、人工知能分野の第一人者です。シリコンバレーにいた時は、その研究で知らないものはありませんでした。」
「つまり、本物の自立駆動型を作り上げるって訳か。俺らのハリボテじゃ勝負になんねえって言うんだな。」
「ハリボテ・・・ですか。そうかも知れません。台本通りにロボットを動かすだけですからね。しかも、オリヴァーが最近力を入れているのは、人間の出す微弱な電気信号をAIに解析させて、意思を読み取る仕組みです。つまり、腕を上げたいと思っただけで、筋肉に伝わる微弱な信号を読み取って、その通り身体に装着したアクチュエーターを動かします。すると筋力が弱った人や神経が切れた人も、自分の意思通りにモーターが身体を動かしてくれるんです。」
「つまり、人工筋肉ってわけかい。」
「そうです。手や足だけでなく、最近は指の細かい動きまで解析して、スプーンを持ってスープを飲むことすら実現しているそうです。これは、高齢者や身体に障害を抱えた人にとっての光明です。」
「そりゃ凄え。だが、敵に回したら何ともてごええな。」
仏頂面をさらに苦くして、前田町が吐き出す。
「あ、あの・・・。」
さっきまで大泣きして、顔を赤く腫らした歌陽子が心配そうに聞く。
「嬢ちゃん、なんでえ?」
「あの、負けませんよね?」
「ん?まあな。」
いつもと異なり、少し覇気が足りない前田町。
「いつものように・・・。」
「いつものように?」
「威勢良く『おうよ!』って、言って貰えませんか?」
「ああ。」
「前さん、歌陽子さんはいつもの強気の前さんが見たいんですよ。」
「そうか、悪かった。任しときねえ。東大寺歌陽子の名にかけて負けるわけねえぜ。だろ?」
「もちろん!」
「タリメーヨ。」
やっとそれで少し歌陽子に笑顔が戻った。
「ああ、やっ笑ってくれた。」
「日登美よお、もともとはお前が変な画像を見せるから悪いんだろうが。」
すかさず、日登美に突っ込む野田平。
「変な・・・。」
せっかく機嫌が治りかけていたのに、野田平の一言でまた顔が険しくなる歌陽子。
「ばあか、一丁前に落ち込むんじゃねえよ。」
「・・・。」
「それよりよお、カヨ、なんでお前はそんなに勝ちたいんだよ?」
「な、なんでって・・・。」
「それは、歌陽子さんは私たちのことを考えて。」
「いや、違うな。一昨日までのお前となんか違う。特に、オリヴァーって野郎に対する態度が変だ。」
「そ、それは・・・、皆さんが強敵だって言うから。」
「ははあん、さては勝負に勝ったら、お前のこと、嫁にくれとでも、言われやがったなあ。」
「ち!違います。」
それは、半分本当で、半分嘘だった。
ただ、意に反して、歌陽子の泣き腫らした顔が、今度は恥ずかしさで真っ赤になった。
「こいつ、いっぱしに赤くなりやがって分かりやすいヤツだ。」
「ち、違います。違います!」
ただ、オリヴァーが勝てば、今後間違いなく東大寺グループとの取引が始まる。
そうしたら、これからずっと事あるたびにオリヴァーと顔を合わせなければならない。
もし、そんなことになれば、ますます彼は歌陽子にちょっかいを出してくるに違いない。
そう思うと暗澹たる気分になる。
「まあまあ、歌陽子さん、心配しなくても、私たち負けませんよ。」
「て、言うか、そのオリヴァーなんとか、カヨがそんなに嫌がるところを見ると、よっぽどブ男なんだな。」
「それがですよ。ホラッ。」
こっそり、野田平にオリヴァーの画像を見せる日登美。
そして、
「ば、バカか、お前!こんないい男、もう二度いねえぞ。さっさと、求婚を受けちまえ!」
と日登美の気遣いをまるで無駄にする野田平。必死に否定する歌陽子。
「違います。そんなんじゃありません!」
その時、
「ふわあ」と前田町が大きなあくびをした。
「さあて、バカ言ってねえで、後一ヶ月、仕上げと行こうじゃねえか。」
(#106に続く)