今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#103

(写真:枯れ木の賑わい その2)

また会う日まで

「おっ!」

「わっ!」

「おじいさま!避けて!」

克徳の肩越しに、踊り場から下の空間にダイブした歌陽子。下の先代に激突すれば、大惨事である。
身をかがめ落下しながら歌陽子は必死に声を出した。慌てて身を引いて歌陽子を避けようとする先代。
まるで赤い花びらがフワリと舞うように、歌陽子は花の中に落下した。

そして、厚みのある花のベッドが優しく歌陽子の身体をを受け止める。

プシューッ!

途端に異音がして、歌陽子は自分の身体が持ち上げられるのを感じた。
花のベッド全体が盛り上がっている。
やがて、空間の窪みから頭を出してどんどん膨らんでいった。
そう、空間からは巨大なバルーンが出現したのだ。

「う、うわっ!」

歌陽子は、滑り落ちそうになるのを必死でバルーンにすがりついた。
落ちたら、花のベッドの周りは、真っ赤な炭火地獄である。

必死でしがみつきながら、歌陽子は、

「おじいさま〜っ!」と声を出した。
ひょっとして、先代がバルーンに弾き飛ばされて、火の海に落ちてやしないかと心配をしたのだ。

「歌陽子お、わしは大丈夫じゃ。それより、お前の右手の紐を引くんじゃ。」

先代の返答に安心しながら、歌陽子は声に従って右手で近くを探った。
すると、確かに紐のようなものがある。

「そうじゃ、それじゃ。力一杯ひっぱるんじゃ!」

歌陽子は、その紐を力一杯引いた。
すると、

ポンと音がして、バルーンは頂上めがけて何枚かの羽を広げた。いや、正確には、蓮の花びらをかたどったものだった。
そして、一杯に空気を吸い込んだ花びらは、空に向かって腕を伸ばし、歌陽子の身体を優しく押し上げた。押し上げられた彼女の身体は、花びらに包まれ、蓮の上に座り込む形になった。

「ほほう、出来た!出来た!これがやりたかったんじゃよ。」

先代の声に、呆気にとられて見ていた克徳が我に返った。いつの間にかバルーンの側を回り込んで、先代は克徳の足下に来ている。

「お父さん、これは何ですか!」

「きれいじゃろ。火炎地獄に身を投げた少女が、蓮の台に転生するの図じゃ。」

蓮の花をかたどった巨大なバルーンは、真っ赤な炭火の中に立ち上がっていた。
その中で、夜風に赤いドレスをひらひらとはためかせている歌陽子は、さながら蓮の台に転生した天女の風情だった。
時折、夜空を渡る風に揺られて蓮の花は、無数の花びらを周りに振りまく。天界の光景を現世(うつしよ)に再現しているかのようである。

「わあっ!」

パチパチパチ。

一斉に招待客たちは歓声を上げ、拍手で一夜の幻想を讃えた。

「おい、手を貸さんか!」

先代は手を伸ばして踊り場に引き上げて貰おうとした。
苦虫を噛み潰したような克徳は、

「お父さん、やり過ぎです。」

「ホッホ、今年はわしの勝ちじゃの。」

「それは、一体何の話ですか?」

「ふん、分かっとるくせに。どちらが、自分のやり方で客を楽しませるかと言う勝負じゃ。」

「お父さんの場合、少々やり方が強引です。ご自分さえ面白ければ、周りの迷惑など考えでしょう。それに、中庭にこんなセットを作って、最後誰が始末するとお思いですか?」

「あ、それは任せた。」

「全く。」

「最初、わしらが身を投げた時、衝撃でバルーンが開くはずじゃた。それが不発だった時は焦ったわい。じゃが、結局、歌陽子がもう一度飛び込んで開いたから、まあよしとするかの。」

「まさか、お父さんまで一緒に上がるつもりだったんですか?」

「バカを言うてはならん。わしのようなジジイが上がったら興ざめじゃろう。じゃから、バルーンが膨らんでも、ちゃんと身を寄せられる場所は作っておいたんじゃよ。」

大きなバルーンの蓮の台を中心に、花びらが舞い散っていた。そして、その中に揺れるひときわ大きな赤い花は、歌陽子の真紅のドレス。

「おお、見事だ。」

「歌陽子さま、きれい。」

「カヨコ、ビューティフル!」

みな、

そう、

招待客の誰もが、

希美や由香里、

オリヴァー・チャン、

高松祐一、

環木森一郎、その他農業塾の面々、

そして、ハウスキーパーの安希子までもが、

しばし見とれていた。

しかし、

「・・・、お嬢様は、どうしていっつも良いところを持っていってしまうのかしら。」

安希子は少し、腹立たしげにつぶやいた。

一方、

「お父さん、今年はいつまで。」

克徳は先代に聞いた。

「明日には引き上げるつもりじゃ。いつまでも遊んでおれんしの。まあ、今回のプレゼンは大成功じゃったし、ちと忙しくなるじゃろうのお。」

「農業ファームのことですか。本当にお父さんは商売のことになると抜け目がない。
しかし、たまには、素直に歌陽子の誕生日だけを祝う年があっても良いと思いますがね。」

「まあ、いずれはの。しかし、しばらく歌陽子に会えなくなるのは寂しいのお。お前からも、もう少しうちの農場に顔を出すように言ってはくれんか?」

「しばらくは無理でしょうね。あれはあれでなかなか忙しいのですよ。ただ、その分、このところかなりしっかりはしてきています。
また会う日まで成長を楽しみにしていて下さい。」

「ホッホ、それはそうじゃの。」

そして、

一人、離れているところで、志鶴は娘を心配していた。

「ところで、あの子、大丈夫かしら?どうやってあそこから降りるのかしらね?」

・・・

しかし、皆が見とれている当の歌陽子は、それどころではなかった。

「キャッ!揺れないで。お、落ちる!だ、誰かあ!早く降ろしてよお!」

蓮の台のバルーンにしがみついて、すっかり半泣きだった。

(#104に続く)