成長とは、考え方×情熱×能力#101
火中の花
「東大寺さん、大変だ。」
すこし遅れて姿を現した東大寺家現当主、東大寺克徳と妻志鶴に、危急を知らせる客があった。
「どうか、落ち着いてください。何がありました?」
「何がって・・・、先代さんとお嬢さんが、あの火の中に身を投げたんですよ。」
客が指差す方を見ると、巨大な鉄の箱いっぱいの炭火が赤々と夜空を焦がしている。
「あなた、まさか・・・。」
「落ち着きなさい。また、いつもの悪ふざけだ。」
「ですけど・・・。」
「分かった。私が見てくるから、お前はここにいなさい。」
「は、はい。」
・・・
「あ・・・れ?」
先代と一緒に火の中に身を投げたはずの歌陽子。
しかし、身の回りは一面の花だった。
(あ・・・れ、私死んだのかな?そう言えば、死ねば花畑が見えるって言うけど。)
しかし、歌陽子はやがて自分が花を敷き詰めた中に寝転んでいることに気がついた。数知れない無数の花たちに囲まれて、強い花の匂いが身体中に染み込む気がした。
花と花の間からは、暗い夜空が見えた。そして、闇夜を染めながら、パチパチと火の粉が飛翔していく。
(そうか、ここは炭火の中なんだ。あの火の中に、こんなところが作ってあったなんて。でも、なんてきれいな場所。お花も、火の粉も、夜空の星もみんなきれい。)
しばらく、みとれていた歌陽子の目に、ある見慣れたものが写った。
(あ・・・れ?あれは誰?あ、違う、あれは・・・、お父様!)
克徳は踊り場に立って、紅蓮の炭火を見下ろしていた。そして、あることに気づいた彼は、少し怒気を含んだ声を出した。
「おい、誰でもいい。すぐに、ここの映像のスイッチを切るんだ!」
やがて、しばらく時間をおいて投光器の一つが消えた。それと同時に、紅蓮の炭火の一部が搔き消え、花を敷き詰めた空間が表れた。
「プロジェクションマッピングだ。全く、こんな最先端技術をろくな使い方をしない。」
やがて、花のベッドに埋もれている歌陽子を発見すると、
「こら、歌陽子、そこで何してる!」と叱りつけた。
父の声に反射的に上体を起こした歌陽子は、
「あ、お父様、御機嫌よう」とおおよそこの場に似つかわしくない返答を返してしまった。
そして、
「バカモノ!」
愚かな娘は、父の口から発せられた怒号に身を縮める。
「さあ、そんなところにいないで、サッサと上がって来なさい。」
「は、はい。ごめんなさい。」
花のベッドから立ち上がって、父の差し出す手に恐々と、彼女の腕を伸ばした。
その途端、父の肉厚の手のひらがガッチリ娘の手を掴み、あっと言う間に胸に引き寄せられた歌陽子は、踊り場まで抱き上げられた。
「全くお前と言う奴は、皆さんにつまらない心配をかけてどうする。」
「申し訳ありません。」
殊勝に謝る歌陽子だったが、声が心なしか硬い。それは、そうだろう。
歌陽子だって、被害者なのだ。
さらに、克徳は眼下の花が敷き詰められた空間に向かって呼びかける。
「お父さん、どこですか?もう、歌陽子はこちらに投降しましたよ。」
(投降って・・・。)
「お父さん、いい加減に観念して出て来てください。さもないと・・・。」
(さもないと・・・?)
「あなたの大切な孫娘が大衆の面前で辱めを受けることになりますよ。」
「え・・・?ちょ、ちょっとお父様!や、やめてくださ・・・い。」
軽々と嫌がる歌陽子を肩の上に担ぎ上げた克徳は、
「さあ、どうします?このバカ娘が、今から父親に尻をひっぱたかれて、赤ん坊のように泣き叫ぶところをご覧になりたいですか?」
(い、い、い、いやあ。私は悪くないの。私も被害者よ〜。お父様。)
(#102に続く)