成長とは、考え方×情熱×能力#98
プレゼント
オリヴァーは手に持ったとっくりから、歌陽子、希美、由香里三人の湯呑みにそれぞれ酒をついだ。
とくとくとく、と小気味の良い音を立てて、とっくりから注がれるその酒は、白く濁ったどぶろくだった。
どぶろくは、発酵でできる澱を除かない、白灰色の酒で、昔は農家でも作られていた。
今は、家庭で楽しむためでも酒を作るには免許が必要である。
東大寺農業ファームは、酒造り専門の蔵元ではない。しかし、酒造りの免許を取得し、販売を視野に入れて、設備や人員も揃えつつあった。東大寺ブランドの地酒を一般に販売するのも、彼ら農場のミッションの一つなのである。
それを土くれを思わせるような無骨なとっくりと湯呑みでグイと飲む。白く濁ったどぶろくの粗野なイメージとあいまって、自分が時代劇の登場人物になったような感覚にとらわれた。
なみなみと三人の湯呑みにどぶろくを満たし、
「さあ、カンパイしよう」とオリヴァーは自分の湯呑み茶碗を差し上げた。
三人もそれに習い、湯呑みを高く掲げた。
「僕の大切なカヨコへ。」
「大切なお友だちの歌陽子さまへ。」
「お誕生日おめでとう。とても素敵な歌陽子さまへ。」
三人に呼びかけられ、歌陽子も、
「私の大切な、希美さん、由香里さん、そして・・・、オリヴァーへ。」
自分の名前を呼ばれてニッコリと笑ったオリヴァーが発声する。
「カンパイ!」
「かんば〜い。」
「乾杯。」
すっかりオリヴァーのムードに乗せられて、4人は打ちとけあったようにみえる。
実際、希美と由香里は、幾分気を許してどぶろくに口をつけた。
「わあ、甘くて、ちょっと酸味もあって、見かけによらず上品な味ですのね。」
「ほんと、エビやお魚によく合いますわ。」
まさに至れりつくせり。
野辺を思わせるような中庭でのカントリーパーティは、まさに先代老人の狙った通りの空間を作り上げていた。
手の込んだ料理はないが、手をかけない分自然の慈味を味わい尽くす。そして、招待客の間を軽やかに動き回る農場の若者たち。彼らこそ、この場に一番相応しいホストだと誰もが認めていた。
「あれ、カヨコ、オサケを飲まないのかい?」
どぶろくの度数が意外に高いことを知っている歌陽子は、湯呑みのどぶろくに口をつけかねていた。
もう、お酒では二度も失敗しているのだ。
いま、お酒で意識を失えば希美と由香里の二人に迷惑をかける。いや、それ以前にオリヴァーに何されるか分からなかった。
表面では打ちとけたフリをしながら、内面ではオリヴァーに対して厳戒体制を解いてはいない。
「あ、あははは、私、お酒が苦手なの知ってるでしょ?」
歌陽子は笑って同意を求めた。
そこは肝胆相照らす仲、希美も由香里もよく心得ていた。
「ですわね、歌陽子さまには、他のものを差し上げなくては。」
そして、希美が高い身長から、さらにほっそりとした腕を空に差し上げた。投光器の白い光を浴びて、彼女の姿がミストにスッキリと浮かび上がった。
「あの、何か温かい汁物はありませんこと?」
その希美の呼びかけに応じて、ワゴンを押した塾生が近づいてくる。
ワゴンにはたくさんの木の椀と、大きな鍋を乗っていた。
椀には、蟹や海老、その他の魚介がふんだんに入れられ、そこに鍋から熱々の味噌味の汁が注がれた。
素朴な豆味噌と魚放つの潮の匂いが混じり合い、山と海のアンサンブルが香りたった。
歌陽子は、椀を受け取ると一口、その贅沢な魚介汁をすすった。
「ああ、ほっとする。」
気持ちにしみたその味は、田舎で過ごした思い出と、社会にでて味わったしょっぱさの混じり合った歌陽子自身の青春そのものだった。
その時、急に先代老人が姿を現した。
「こら、オリヴァー、悪さをしとらんか?」
「いえ、僕はブシドーに誓って、カヨコの困ることはしていません。」
「武士道とな?外国人のあんたがか?」
「はい、ソラに言われました。『オリヴァーはブシドーだ』と。」
「そうかの。じゃが、その坊主はどうしとる?」
「ツマラナイから先に寝る、と行ってしまいました。」
「なるほどのお。」
老人は納得した顔をして歌陽子に向き直ると、
「ところで、歌陽子、充分、楽しんどるか?」と問いかけた。
それに歌陽子は精一杯の笑顔で気持ちを表現して言った。
「はい、おじいさま。今までで最高のプレゼントです。」
「そうか、それは有難いのお。じゃが、お前にはもう一つ渡したいものがあるんじゃよ。」
そう言って、先代は小箱を取り出した。
(#99に続く)