成長とは、考え方×情熱×能力#96
冬の集い
いよいよ、パーティも終盤。
今度は、東大寺先代老人が登壇した。
当主の座を譲りながらも、いまだ強い発言力を持つ老人の登場に、会場は一瞬シンと静まり返った。
そして、その聴衆に対して、
「皆の衆、ご苦労さん。今日はよく集まってくれた。それでのお、すまんが今から皆で中庭に降りてくれんか?」と言った。
聴衆の間からは、時折、「え?」とか、「風邪ひくわ」と言う声が漏れた。
なにしろ、今は真冬の一月で、日もとっぷり暮れた時間である。
中には、歌陽子や希美のように、暖房を当てにして薄い布地のドレスしか身につけていない娘もいた。
「どうしますの?歌陽子さま。」
「ん、どうしましょう。おじいさまは、こうと言ったら絶対言う通りにされるし。でも、お客様にはいつも気を配られているから、何か考えがあるのかも知れないわ。」
一人気勢を上げながら、先代老人は、招待客たちを中庭へと続く階段へと先導した。
後には、外から入り込む冷気に身を縮めながら、ぞろぞろと招待客が続いていく。
だが、屋敷から中庭への出口に近づいた時、外からは暖かい風が吹き込んできた。
「お、暖かいなあ。」
「一足早く春が来たようだ。」
皆、口々に春の陽気を思わせるような外気に感嘆の声を上げた。
歌陽子は、数時間前までいた中庭がガラリと景観を変えていることに驚いていた。
中庭の芝の上には、何十ものミストの柱が立ち上っていた。そして、ミストの細かい水蒸気には、触れば火傷しそうな熱気がこもっていた。その熱気が中庭の外気温を押し上げているのだ。
(そうか、スプリンクラーだわ。)
歌陽子は、ミストがどこから沸き起こっているのか、その発生源に気がついた。
それは、普段芝生に水を撒くためのスプリンクラーであった。
そのノズルを特殊なものに替えて細かいミストを発生させている。そして、スプリンクラーへ水を供給する水道管も、温度の高い熱湯へと接続が切り替えられていた。
しかも、熱湯のミストが直接かかって芝生を傷めないよう、高い位置から噴射されるように細工されていた。
本来芝生に水を撒くスプリンクラーから、熱を帯びたミストがもくもくと立っている。そこに屋外の投光器から光が照射されて、中庭はすっかり幻想的な空間へと変貌していた。
ミストの柱の間には、人が何人か並んで通れるだけの空間があった。招待客たちは、先代に導かれ、ミストの織りなす幻想的な光景に目を奪われて奥へと進んで行った。
すると、そこには巨大な鉄の箱がしつらえてあり、真っ赤に怒った炭火が敷き詰めてあった。
その熱気は冬の最中に、じっとりと汗をにじませるほどのものだった。
「きれいですわ。」
炭火にみとれて、うっとりと由香里がつぶやく。
「歌陽子さま、本当におじいさまは凄いかたですわ。私たちをここまで楽しませてくださるのですから。」
希美も、満足げだった。
そうこうしている間に、また農業塾のメンバーが姿を現した。
ホールの中では違和感のある彼らも、中庭のこの空間にはすっかり馴染んでいた。
そして、手にしたクーラーボックスからめいめい串に刺した鮎や、車海老、ホタテなどの魚介類を取り出して、炭の上に立てた。
その豪快な炭火焼の光景は見るものに高揚感を感じさせる。
やがて、じゅうじゅうと炭火に焼かれ、串に刺された海の幸の香ばしい匂いが招待客たちの鼻孔をくすぐり始めた。
(#97に続く)