成長とは、考え方×情熱×能力#95
そして、秋
ステージでぺこりと頭を下げた歌陽子に、 舞台袖から希美と由香里が駆け寄った。
「歌陽子さま、凄く良かったですわ。」
「あはは、私、自分のことばかり喋ってしまって・・・、しかも半分愚痴だし。」
「いいえ、仲間の皆さんに対するお気持ちか伝わってきました。私なんか涙がでそうになりましたもの。」
「まあ、希美さんったら、クールな見かけに似合わず感激屋ですのね。」
「いいええ、私なんかまだまだ。由香里さんは本当にポロポロ泣いてましたもの。」
「希美さん、恥ずかしいからあまり歌陽子さまに言わないで下さい。」
頰を赤らめ、可愛らしい由香里が言う。
背が高くスラッとした希美、ふくよかで美人の由香里、そして小柄で地味な歌陽子。
二人に挟まれるとつい見劣りがする彼女も、赤いドレスに身を包んだ今晩だけは誰より一番輝いていた。多少家族が眉をひそめようと、間違いなく歌陽子は今晩の主役だった。
やがて、ステージを降りかけた歌陽子たち3人を、赤と黄色の光が包んだ。
そして、風に舞う紅葉のシルエットが壁一面に散りばめられた。
季節は夏が過ぎ、秋になったようである。
アンサンブルは、バイオリン中心に変わり、唱歌『紅葉』の演奏が始まった。
♫秋の夕日に照る山もみじ
濃いも薄いも数ある中に
松をいろどる楓や蔦は
山のふもとの裾模樣
バイオリンの音色に合わせて、アンサンブルメンバーの一人がのびやかに歌い上げる。
暖房の温度は少し下がり、まるで秋のような冷気が感じられた。
おにぎりは食べていたが少し腹にたまるものが欲しい頃である。
その時、ホールに香ばしい匂いが満ちてきた。我知らず、招待客は匂いの出どころを探った。
やがて、農業塾塾生たちが、ワゴン車を押してホールの各所に現れた。そのワゴン車の上には、奇怪なことに覆いに囲われた藁束が乗っていた。藁束からは、なんとブスブスと煙が上がっている。そして、香ばしい匂いは、その煙の中から立ち上っていた。
「これはなんですの?」
好奇心旺盛な希美は、塾生の一人に聞いた。
「まあ、一つ食べてみてください。」
そう言って塾生は、大きなトングを藁束の中に差し入れると、やがてひとかたまりの炭を取り出した。だが、それは炭ではなく、表面の炭化した小ぶりのかぼちゃだった。
かぼちゃをワゴン車の台に乗せ、器用に四つに切り分けると、その一片を新聞紙に包んで希美に「どうぞ」と手渡した。
「まあ、ワイルドですわね。」
それは、先ほどの由香里の口真似。
「まさか、パーティでこのようなものが食べられるなんて、なんだか楽しいですわね。でも、これどうやって食べたら良いのかしら。」
それをそばで見ていた歌陽子が、
「希美さん、こう。」と言って、パックリと二つに割る真似をした。
希美は、言われた通り、皮の端と端を掴んでかぼちゃを二つに割った。すると、中に詰まったかしわ肉が崩れ、盛大に肉汁が飛散した。
「きゃあ。」
「わあっ。」
「希美さん、勢い良過ぎです。」
三人娘は、各々の精一杯着飾ったドレスに肉汁がかからなかったか、非常に気にしながらも、楽しいハプニングにはしゃいで歓声を上げた。
そして、かぼちゃの端に形の良い唇を当てて、希美はその心そそられる料理を口に含んだ。すると、かぼちゃのほっこりした豊かな味わいと肉汁たっぷりの鶏肉の旨味が口の中に広がり、かぼちゃに染み込んだ藁の匂いが鼻孔をくすぐった。
「わあ、これ、美味しいですわね。」
「藁でいぶすと、互いにかぼちゃと肉の味が染み込むんですよ。」
「もしかして、歌陽子さま、これって?」
「そうです。昔、私とおじいさまで考えた料理です。」
そう言って、歌陽子は心に染み込む笑顔を浮かべた。
(#96に続く)