今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#87

(写真:オレンジ・トゥ・パープル その2)

ホラー系女子

「こら、どこへ・・・いく。」

怖い声が追いかけてきた。

「助けてえ!」と髪を振り乱した女性は歌陽子の首筋にかじりつく。

コツ、コツ、コツ、厨房の奥から響いて来る靴音に、

「ひ・・・ごめんなさい、ごめんなさい」と涙目で謝り始めた。

歌陽子は、ことの成り行きにしばらく呆然としていたが、やがて気を取り直すと、

「大丈夫ですよ」とギュッと女性の肩を抱いた。そして、キッと厨房の奥を睨んで声を出した。

「安希子さん。」

「誰?」

「歌陽子です。」

「ああ、あんたか。」

お酒の所為なのか、怒りに我を忘れている為なのか、すっかり主家に対する礼儀を失っている安希子。

やがて、奥からゆっくりと姿を現した。

赤らんでいた顔は今は蒼白になって、目が座ってきつい表情になっている。
これは、この女性が怯えるのも無理はない。

(まただ・・・。)と歌陽子は思った。
悪い酒を過ごした安希子を見るのは、今年に入って二度目。そう、一度目は元日の明け方だった。

その、安希子を鎮める呪文は一つだけ。

「安希子さん・・・。」

「何?」

「お母様にいいつけますよ。」

「奥様・・・。」

破壊されたシナプスが修復されるように、安希子の頭の中で色々なことがらつながり始めた。

「奥様・・・、あ・・・。」

「安希子さん、しっかりしてください。」

「あ、歌陽子お嬢様。」

「はい、私です。」

歌陽子は、首にかじりついている女性の手をゆっくりと離すと、安希子の方に向かって一歩歩みでた。
そして、安希子の肩を抱いて、静かにその場に座らせた。
歌陽子は、近くにあったコップを手に取ると、蛇口をひねって冷たい水を満たした。

そして、また安希子の肩に手を回しながら、彼女にコップの水を勧めた。

「さ、安希子さん、ゆっくり、ゆっくりでいいですから、飲んでください。」

言われるまま、コップに口をつけた安希子は、ゴクリゴクリと喉を鳴らして、ほぼ一息で飲み干すと、ふうとため息をついた。

あの女性は、まだ猜疑心をもって安希子を見ている。

「一体何があったんですか?」

とりあえず聞いてはみたけれど、だいたい想像はついた。
お酒で我を忘れた安希子が、世話を任された女史農業塾生にさんざん絡んで、挙句にたまらなくなった彼女が厨房に逃げ込んだところを安希子に見つかったと言う落ちなのである。
それにしても、すごい怯えようだ。
まさか、暴力とか振るわれてやしないか、歌陽子は心配になって聞いてみた。

「あの、何かひどいことされませんでしたか?」

「あ、あの、そんなことは別に。でも、その人すごく怖いこと言うんです。」

「ど、どんな?」

「このうちの金持ちたちは好き勝手お金を使っているくせに、使用人にはわずかな給金でも惜しむ、とか、それでいて朝から晩までコキ使うとか。
最初は、可哀想ですね、って聞いていたんです。そうしたら、だんだん言うことがきつくなってきて・・・、農業塾だがなんだか知らないけど、さっさと逃げ出さないと、ここの人間に関わると取り返しのつかないことになるよ、とか。
特に、あの歌陽子はワルだよ、とか。
あいつは、バカで世間知らずで、地味で、なんの取り柄もないメガネ女子のクセをして、・・・ごめんなさい、親の七光りとかで、お金にも、男にも、ポストにも恵まれて、でもそれに少しも感謝なんかしないで、好き勝手やって、私らのこと見下しているとか。
あの・・・。」

「な、なんですか?」

「歌陽子さんは、本当に・・・、曜日ごとにイケメンの彼氏がいるんですか?」

「い、いるわけないじゃですか!私、これまでまともに男の人とお付き合いしたこともありません!」

「おぼこ・・・。」

ぼそりと安希子が呟く。

「ですよね。歌陽子さんはそんな人じゃないと思ってました。それで、うちの師匠のお孫さんにひどいこと言わないでください!って怒ったら・・・、お前もか!って。」

歌陽子は、そうっと安希子の顔を見た。
安希子は、その歌陽子の顔を見返して、ニッと笑った。

(やっぱり、まだ壊れてる。どうしよう。)

「それで、この人、ものすごく心霊とか、オカルトに詳しくて、夜中に窓を見ると赤い牛の顔をした女が外からのぞいているぞ、とか、今晩から枕元に冷たい顔をした白いおかっぱの少女が立つぞとか・・・、私、そう言うの苦手なんです!」

聞きながら、歌陽子も寒気に襲われていた。

(どちらかと言うと私も、そう言うの、苦手・・・、本当にもう安希子さんを敵に回すのやめよう。)

「だから、耐えきれずに怖くて逃げ出したら追いかけて来て・・・。」

もう、ここまで来ると歩くホラーである。

「ひゃっ、ひゃっ、ひゃっ。」

「あ、安希子さん・・・。」

「なんですか?お嬢様。」

「あの、安希子さんが私のことを嫌いなのはよく分かりました。でも、あまり他の人にはひどいことはやめてください。」

「別に・・・、嫌いじゃないわ。」

「え・・・。」

「嫌いなら、なんで10年も付き合ってるのよ。」

(#88に続く)