今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#79

(写真:青空の航海者たち)

彼女を想う男たち

「あんたあ、ちょっと、聞いてんの!」

「え、あ、はい。」

(ついに、『あんた』ですか。お母様に言いつけてやろうか。でも、安希子さんって、そんな分別もない人だったかな?)

そう訝って、安希子の頬を見るとほんのり赤い。

(あ、こっそりお酒飲んでる。私、こんな虎を相手にしてたんだ。)

だんだんきつくなる安希子の言葉に、これがいつまで続くのかと、歌陽子は心底うんざりし始めた。
学友たちは、学友たちで集まって楽しそうに歓談しているし、農業塾の塾生たちは次の料理の準備にホールからさっと姿を消した。克徳や志鶴たち大人はすっかり大人同士の会話に夢中だった。まるで、今日の主役が歌陽子であることなど忘れてしまったかのように。

「だいたい、あのオリヴァーっていうのは何ですか?いきなり、旦那様に向かってお嫁にください、なんて。」

「ですよねえ、人を馬鹿にしてますよね。」

なんとか話を合わせようと必死に頑張る歌陽子。
だが、

「馬鹿にしているのは、あんただよ!」

「え?なんて?」

「オリヴァーが惚れたのはね、あんたにじゃなくて、きれいにドレスを着付けた私の技術になんだ。だから、私にこそプロポーズするのが筋ってもんじゃないか。え!」

(無茶苦茶だあ。)

「なのに、ちょっといいとこのお嬢様に生まれたからって、いいとこ全部持っていくなんて許せない。」

その時、ゴロリと音を立てて安希子の足元から洋酒の瓶が転がった。
結構、度数の高いお酒だ。
気を鎮めるために厨房で一口飲んだら、きっと止まらなくなったんだろう。
それで空き瓶が見つからないように、隠そうと持ち出したに違いない。

(この人、キッチンドランカーの素質あるかも。)

それにしても、度数の高い洋酒を一本空けながら、ほとんど顔にでない安希子の酒豪っぷりには恐れいる。

ちょうど、そこへ先ほどオリヴァー・チャンと会話した女子がやってきた。

「あ、あのお。」

「は、はい。」

「歌陽子さんですよね。」

「そうです。」

「あの、向こうで、外国の方に頼まれたんですけど。」

「ひょっとして・・・、オリヴァーって人?」

「オリヴァー・・・。」

それに、安希子が反応した。

しまった、と悔やみながら、

「あはは、外国人なんて今じゃ普通ですもんね」とごまかす。

「さあ、その人かどうか分かりませんが、そばに中学生くらいの男の子がいました。」

(宙だわ。やっぱりオリヴァー。)

しかし、そんなことはおくびにも出さず、

「きっと、弟の友達のお父さんです。ちょっと、行って来ます。その間、その人の面倒をお願いします。」

「はい。お茶が欲しいと言っていましたけど。」

「はあい。」

そして、なんとか安希子を任せて逃げ出せると、いそいそとその場を離れようとする歌陽子に、

「こらあ、どこへ行く!」と安希子の声が追いかけて来た。

「あ、安希子さん、ごめんなさ〜い」と後も見ずに逃げ出す歌陽子。

やがて、ホールでは第二幕が始まっていた。

ホールの照明は、赤から黄色に変わっていた。スポットも桃色に変わり、桜舞い散る川面を数艘の小舟が行き交う影絵が映し出された。
伴奏はピアノに交代し、滝廉太郎の『花』の演奏が始まった。

♫春のうららの隅田川
のぼりくだりの 船人が
櫂のしづくも 花と散る
ながめを何に たとふべき

例によって口ずさむ人が何人もいる。

そこで、料理も春らしくと行きたいが、残念ながら今は真冬である。
ところが、招待客には、大きな朴葉に乗せられた三色団子とお茶が振る舞われた。
団子は桃、黄、緑の三色で、いつもの団子と思って頬張った客たちの顔に驚きの表情が広がった。
団子の味が、桃、黄、緑で際立って違うのだ。団子の甘さでもない、少し塩気があったり、酸味があったり。

「そうか、分かった。」

招待客の一人が声を上げた。

「桃色団子はトマトだよ。黄色はさつまいも、緑はセロリなんだ。甘くないから不思議な感じだけど、ほこほこしていたり、さっばりしていたり、そう冬野菜団子だよ。」

それを切った青竹に注いだほうじ茶で味わう。青竹の匂いとほうじ茶の苦味が良いバランスを保ち、スキッとした味わいが心地良かった。

「料理にはの、味わい深さや歯触りの良さ、それに喉越しや舌触りなどの食感があるじゃろ?じゃが、食べて見て『心地よい』と言う食感もあって良いと思うのじゃ。」

「なるほど、さすが前代表のされることには一つ一つ深い含蓄がありますなあ。」

いつのまにやら、先代老人の周りには馴染みの経営者や各界の名士たちが集まっており、彼らを相手に料理談義が始まった。
彼らは、みな先代の老人との顔なじみで、今までの行き過ぎた誕生会にも付き合わされて来た面々でもあった。
その中の一人が先代老人に聞いた。

「今回の趣向は今までと比べれば随分おとなしく感じますが、味わいはずっと深いですな。ですが、なぜ料理を配っているのが、みな作業着姿の若者たちなのですか?」

「まあ、その、ほっほ、わしのこだわりじゃよ。気分だけでも、田舎の畔道で握り飯を頬張る感じを味わって欲しいのじゃよ。」

「なるほど、田舎の感じですねえ。しかし、私ら全員蝶ネクタイですし、真冬の最中にそこまで狙い通り参りますかな?」

「まだ仕掛けは序の口じゃよ。ほっほっほ。」

その先代老人に付き添って料理を配っていた環木森一郎は、三色団子と青竹のお茶を持ってオリヴァー・チャンに近づいていく歌陽子に気がついた。

前は、いきなり抱きしめられた。
今度も何をして来るか分からない。
だから、少し腰が引けながら歌陽子はオリヴァーに声をかけた。

「あ、あのオリヴァーさん。お団子とお茶です。ここに置いておきますからね。」

その声に、タブレットに向かって一心にチャットをしていたオリヴァーが振り返った。
そこには、小柄で、細身で、なんの飾り気もない作業着姿の歌陽子が立っていた。畑からそのまま来たような麦わら帽子のメガネ娘。
安希子の言うことが本当なら、こんな素のままの自分にオリヴァーは少しの興味も示さないはずだ。

しかし、オリヴァーは、見る見る顔中を笑顔で崩して、

「エクセレント!パーフェクト!プリティジャパニーズガール!」と言った。

「なんて可愛いんだ、カヨコ。お願いだ、もう少し近くに来てよく見せてくれないか。」

口先だけ、とは思ったが、そう言われて決して悪い気はしない。
それで、少しこわばった笑顔を浮かべながら、一歩近づいた。
そうしたら、

「もう少し。」

それで、また一歩近づくと、

「もう少し。」

まるで『赤ずきんちゃん』に出て来る、お婆さんに化けた狼のようだと思った。そう、十分近づいたところを頭から丸呑みされるのだ。
と、思った次の瞬間、歌陽子は強く手を引かれて、いつの間にかオリヴァーの腕の中に身体を預けていた。
オリヴァーは笑顔だった。それこそ、とろけるくらい甘い。
そして、顔を寄せて来た。
丸呑みする為に?

だが、彼がしたのは、歌陽子の頬への軽いキスだった。
オリヴァーはまた、軽い挨拶としらばくれるかも知れないが、歌陽子には大ショックであった。思わず頭がポーッとなって後ろに倒れそうになるところを、オリヴァーのたくましい腕が抱きとめた。

それをたまたま見ていた森一郎は、全身の毛がそそけ立つような思いがした。

「なんてことをするんだ!」

そして、若い怒りが彼を二人の元へと走らせずにおかなかった。

(#80に続く)