今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#77

今日学んだこと
(写真:静かなる巨人)

パーティジャック

「これは、これは、前代表。」

ふらりと畑の野菜を見回るような風体で姿を現したのは、先代の東大寺正徳老人であった。

「松木さん、久しぶりじゃの。元気でやっておるか。」

「あいも変わらずです。前代表こそ、お元気そうで。」

「この歳で元気でなかったら、もう死んどるわい。」

「いつもながら、辛辣で。」

二人の掛け合いに、克徳が割って入った。

「お父さん、またこれは何を始められたのですか?」

「なんじゃ、志鶴さんから聞いてはおらんのか?」

「一応、カントリーパーティとだけ聞きましたが、それだけでは皆目分かりません。歌陽子もコックも連れ出してしまわれるし、その分気を揉まなくてはならない私や志鶴の身にもなってください。」

「まあ、すまんとは思うが、いつものことだし、もう慣れっこじゃろ。」

「お父さん!」

「じゃが、周りを見てみるが良い。お客さん方、みんな満足そうじゃろ。」

少し明かりを落として、夕焼けを演出した会場に目を凝らすと、あちらこちらで竹皮のおむすびを配っている作業着姿の若者たちが見受けられた。作業着と言っても、統一されているわけでなく、めいめい農場での服装そのままを身につけていた。ジーンズの上下つなぎの女子もいれば、漁夫のように黒シャツ一枚にタオルでハチマキを巻いている男子もいる。
ただ、共通していることは、彼らの衣類が何度も洗濯をして色がはげかけていることと、泥のついた長靴を履いていること。まさに、農作業をしているところから、そのままやって来たような風体であった。

竹皮を受け取った招待客たちは、お腹が空いていることもあって、一様にすぐに包みを開くと中のおむすびを頬張った。
すると、どの顔にも称賛が浮かび、パッと表情を明るくした。そして、一口、また一口と竹皮に二つ包んであったおむすびをたちまち平らげてしまった。
向こうには、おむすびの美味しさに頰を押さえながら笑顔をいっぱいにほころばせている桜井希美と松浦由香里の姿が見える。そして、彼女たちを囲んで数人の青年が二人の可愛らしい笑顔にみとれていた。その中に、町屋青年や由香里の想い人の高松祐一もいた。
由香里は祐一から時折笑いかけられる度に、恥じらいを隠せないように可愛らしい仕草をした。それが、周りの幾人かの男子の恋心をますます燃え上がらせたのは想像に難くない。

「あなた。」

さっきから、しおらしく克徳のそばに控えていた志鶴が軽く克徳の袖を引いた。

「これでは、安希子さんが可哀想ですわ。」

「ん?」

見ると、安希子はホールの隅に座り込んで、すごい目つきで農業青年団の跳梁跋扈を睨みつけている。きれいに清掃し、ブラシをかけて、愛撫するようにメンテナンスしたホールの絨毯が泥付きの長靴に蹂躙される様が耐えられないのだ。
本来の仕事も農業青年団に奪われ、彼らが絨毯に泥を落とす度に、身をかきむしられるようにビクッ、ビクッと身体を震わせていた。

一方、先代老人の登場で話の輪から外れかけて、すっかり安心していた歌陽子は、急に悪寒を覚えて、そっとその場を離れようとした。
しかし、それを鋭く見とがめた志鶴が、尖った声で歌陽子を呼び止めた。

「歌陽子、あなた、どこへ行くの?」

「え、あはは、その他のお客様の接待をしないと。」

作り笑いで、なんとかその場を逃れようとする歌陽子を、しかし志鶴は逃さなかった。

「もう、そんな格好でふらふらしないで頂戴。それより、あなた、安希子さんに何か言って来て。」

「え?私が、その、安希子さんに?」

「そうよ、安希子さんがあんなに機嫌を損ねているのも、元はといえば、あなたの蒔いた種だもの。キチンと謝ってらっしゃい。」

(あの安希子さん、相当タチが悪そう。)

恐れていた通りの展開に、なんとか助け舟を出して貰おうと、先代老人の方をチラチラと見るのだが、老人は松木会長との会話に熱中していて一向に振り向いてもくれない。

ついには、

「歌陽子、早くなさい!」と志鶴に厳しい声でせかされて、渋々歌陽子は安希子のもとに向かった。
まずは視界に入らないように横に周りこんで、そろそろと近づく。それにしても、凄い負のオーラだ。ここだけ、人が近寄れなくて丸く空白地帯が出来ている。
やがて手の届く範囲まで近づいたけれど、安希子に反応は全くない。気づいているのか、いないのか。知っていて、敢えて無視をしているのか。

ついには、意を決して、

「安希子さん」と声をかけた。
すると、それに初めて首を回して、

「あ、お嬢様」と感情のない低い声を返した。それは歌陽子を腰砕けにするに十分な威圧感だった。

そして、ひるんだ歌陽子に追い打ちをかけるように、

「お嬢様は、ひどいパーティジャックですわ」と忌々しげに吐き出した。

(#78に続く)