今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#72

(写真:大空に舞い降りた羽根)

屋敷の市場

明けて一月、早々に先代当主、東大寺正徳は村から東大寺本家に向けて出発した。
あとの塾生たちは、三が日が明けた4日から準備を始めた。
去年採れた新米に、農園で作った味噌や漬物や梅干し、ハウスで採れた野菜や、季節の野菜、農場で飼育している鶏が生んだ新鮮な卵、そして若鶏の肉。農園特製の粗挽きソーセージやサラミ。新鮮な牛乳に、チーズやバター。
丹精を込めて育てた新鮮な大地の恵みを一杯に積み込んで、6日の早朝、移動式厨房車を先頭に食のキャラバンは出発した。
途中、漁港に立ち寄り、新鮮な魚や海苔を仕入れ、昼の2時ごろには東大寺家の門の前に至った。

門の前では、「間も無く到着する」と連絡を受けた東大寺老人が待っていた。
家人に気づかれぬように門を開け、数台のトラックは中庭へと静かに誘導された。
中庭の刈り込んだ芝の上、家人の居室からはよく見えるが、屋敷のホールからは死角になる場所、そこに目立たないようにトラックを止め、指示があるまで待った。
1時間強が過ぎ、屋敷からコックたちがやってきた。
そこで生ものを積載している保冷車以外は、一斉に荷台の翼を広げた。
荷台を解放して、中身をさらけ出したトラックからはとりどりの食材の色があふれ出した。
それは、まるで日の陰り始めた屋敷の庭に、いきなり市場が現れたような光景であった。

今回の遠出には、塾生たちのまとめ役として、賀茂川遼子が同行していた。
東大寺老人と、遼子、そして東大寺家のコック長は屋敷の一室に入り、これからの手筈について打ち合わせを行った。
コック長は、東大寺家に勤めて30年になる。つまり、克徳や志鶴より先代との付き合いが長い。だから、東大寺老人に持ちかけられると、今の当主を差し置いても話に乗ってしまう。もちろん、先代なら決して間違ったことはしないと信頼しているからでもあった。
彼らが打ち合わせをしている間にも、他のコックや塾生たちは手筈通りに準備を進めていた。
米と水を厨房車に運び込んで飯を炊く支度をしたり、コックから渡されたレシピを見て食材を集めたり、コックはその食材で料理の下ごしらえをしたりした。

やがて、時刻も午後5時に近くなった頃、

「師匠、本当にカヨちゃんを連れ出すんですか?」

東大寺老人に遼子が聞いた。
遼子は、農繁期によく先代の農園を手伝いに来ていた歌陽子と面識があるのだ。

「何か不都合でもあるかの?」

「それは、今日の主役ですから、誕生会に本人を連れ出したりしたらもめません?」

「それは、もめるじゃろうな。」

「そうです。ただでさえ、奥向きを取り仕切っておいでの志鶴奥様の目を盗んでコックを全員連れ出しているのです。これ以上あまり波風は立てられない方が良いかと。」

東大寺老人に自ら協力をしているコック長も、歌陽子については難色を示した。

「それは無理じゃ。わしの頭の中では歌陽子の参加は絶対じゃ。わしらだけで、ワーッとやったところで締まりがつきはせん。何をおいても、今日の主役である歌陽子が先頭に立って動くからこそ、これは東大寺挙げてやっておるとみなが納得するのじゃろう?」

「ですが、もうパーティー会場におられる歌陽子お嬢様をどうやって連れ出すんですか?」

「知れたことじゃ、わしが行って手を引っ張ってくる。」

「しかし、それは旦那様や奥様が決してお許しにはならないでしょう。」

「なんの、昨日わしは歌陽子に、パーティーが始まったら気分が悪くなったフリをするように言い含めておいた。ホールから出て休んでいるところをそのまま連れてくるのじゃ。」

「そんなに、うまくいくでしょうか?」

「カヨちゃん、忙しくて忘れてしまっているかも知れませんよ。」

「ん?まあ、その時はその時のことじゃよ。力づくでもさらってくれば良いのじゃ。」

「また、大旦那様。」

「すまん、冗談じゃ。じゃあ、日もすっかり落ちたし、行ってくるかの。じゃあ、後の準備もぬかり無くの。」

「はい、お任せください。」

東大寺老人は薄汚れた袋を一つ手に下げて、トラックを降りて行った。

そして周知の如く、その頃歌陽子はパーティ会場ではなく、自室で休んでいた。
それは、歌陽子の意思でも、東大寺老人の指示によるものでもなかった。
パーティー直前にあまりに多くのことがあり過ぎて、ショックのあまり本当に気分が悪くなった所為なのであった。

(#73に続く)