成長とは、考え方×情熱×能力#70
新たな居場所
「実は、僕らは全員、彷徨い人なのです。」
「彷徨い人?はあ、またそれは随分詩的な言い方だな。」
環木森一郎の言葉に、押井がぼそりと呟いた。
「すいません。つい、悪い癖が出て。前はよく戯曲を書いていたものですから。」
「戯曲って、あのよく舞台で使う台本のことね。」
賀茂川遼子が森一郎に尋ねた。
「あなた、劇団にでもいたの?」
「いたと言うか、演劇好きが集まって自然発生的にできた劇団です。言い出しっぺは僕でしたから、一応僕が代表でした。」
「へえ。」
「その時世話になった人がいて、僕らの稽古場と溜まり場を兼ねた場所を安く提供してくれたんです。そこを中心に集まった仲間が僕ら劇団のメンバーでした。」
「ほう、そうかの。まさか、ここにいる連中がみな、あんたの劇団員とか言わんじゃろうな。」
「いえ、そのまさかです。今回お世話になった塾生は、みな、もと僕らの劇団員たちです。」
「なるほど、さすがに気心が知れあっているわけじゃ。じゃが、ここは農業を学ぶ場所じゃよ。劇団員はお門違いじゃろう。」
「はい、申し訳ありません。ですが、こちらにお世話になる以上は、農業にも一生懸命取り組むつもりです。」
「なるほどのお。もう一ついいかな?」
「はい。」
「もとの劇団はどうしたんじゃ?」
「実は、僕らの拠点にしていた、古くなったダンスホールなんですが、オーナーが先ごろ亡くなりまして、もう借りられなくなったんです。それで、拠点がなくなった僕らは劇団を続けられなくなりました。」
「それなら、もといた場所に戻るのが普通じゃろう。」
「はい、そのつもりでした。でも、僕らには他に行き場のない仲間が何人もいたのです。」
「どう言うことじゃ?」
「はい、田舎から出て都会で過ごすうちに家族と断絶した人がいます。ひきこもりで家族に愛想をつかされて帰る家を失った人もいます。会社からリストラされた人、ひどいいじめで人間不審になった人。親から捨てられて施設で育った人。みんな都会で居場所失って僕らのところにやって来ました。僕は彼らを見捨てられなかった。」
「まるで都会の難民ね。」
「はあ、どうも、生きづらい世の中ですな。」
情にほだされやすい押井が漏らす。
「じゃから、みんなで居場所を求めてここにきたのじゃな。しかし、ここは難民受入所ではないのじゃがのう。」
「でも、師匠、どんな動機であるにせよ、ここを必要としている人たちなのは間違いないと思います。」
遼子の言葉に、森一郎は手を腿の上に揃え、居住まいを正して続けた。
「僕らはいい加減な気持ちで来てはいません。
僕らはせっかく縁があって、仲間になったんです。これからもずっと一緒に生きて行こうと決めたんです。それには、みんながまた一緒に働ける村の生活が一番だと考えました。」
「そうか。」
先代老人は、一言言った。
いつの間にか、塾生たちは黙りこくっていた。いつかは言わなくてはならないことだった。しかし、森一郎はあえて今晩口にした。
都会で居場所をなくした男女が集団で流れてきたのだ。
まともな神経ならば、気味悪がって当然である。
「のお。」
先代老人は、傍の連れ合いの喜代に向かっで言った。
「ばあさんはどう思う?」
喜代は、先ほどからの笑顔を変えずに穏やかな声で言った。
「あなたたち、劇団はもうやめてしまったの?」
「え?いえ、こちらにお世話になる以上、まずは農業に専念するつもりです。朝にサークル活動とか口にしたのは軽率でした。済みません。」
「まあ、もったいない。私、お芝居好きなのに。」
「え?」
「せっかくだから、こちらでも続けたらいいわ。もちろん、忙しい時は無理だけど、昔の人は農閑期に集まって芸能を楽しんだと言うじゃない。あなたたちがそうしてくれたら、村が賑やかになるもの。」
「まあ、そう言うことじゃ。こちらは、受け取っておる履歴書の中身をちゃんと確認しておるから、なんも心配しとらんよ。むしろ、ここがあんたらの新しい居場所になれば嬉しい限りじゃ。」
その時、森一郎は深々と頭を下げ、礼を言った。
「あ、有難うございます!」
そして、森一郎が発した言葉に呼応して周り中から、声が上がった。
「有難うございます!」
「有難うございます!」
喜代が嬉しそうに口元をほころばせながら言った。
「良かったですねえ、おじいさん。みなさん、しっかりした方ばかりで。」
「わしの目に狂いはないじゃろ?ばあさん。」
(#71に続く)