今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#65

(写真:雲の乱舞 その1)

農業青年団

塾生たちの自炊は、とりあえず明日からと言うことで、昼は寮で握り飯と味噌汁が出された。品数は少ないが、農場で取れた米や野菜、地元農家が作った梅干しと味噌のご馳走に塾生たちのお腹も心も充分に満たされた。

午後からの東大寺正徳と新しい塾生たちとの顔合わせは短時間で終わった。

「わしが、『さとやま農業塾』講師の東大寺じゃ。これからよろしくな。」

大経営者と聞いていたので、どんな厳しい人物かと覚悟していたが、小柄で飄々とした親しみやすそうな老人なので、塾生たちは誰もが安堵した。
今でも東大寺グループ前代表、東大寺正徳を経営の師として私淑する経営者は多い。彼らの間では、東大寺老人と直接面会できるだけでも千載一遇のチャンスと言われていた。しかし、塾生たちはこれから一年以上の長きに渡り直接指導を受けられるのだ。
と言っても、先代老人は経営の手ほどきなどはしない。あくまでも、農業塾の講師として農業を教えるのだ。
しかも、

「わしは、押井のように口でうまく教えることなどできゃせん。だから、わしがやることをよく見て、自分で身につけるんじゃ。
あと、講義は主にわしの畑や田んぼでするから、日に2、3人ずつ順番に来るんじゃよ。」と言う。
要は口で言わないから見て覚えろ。毎日、2、3人ずつ手伝いに寄越せと言っているのだ。もともと農業の専門家ではないし、正直この人何を教えようとしているのか皆目わからない。
ただ、もと塾生の賀茂川遼子は、

「とても大事なことを教えて貰えるから、しっかり学んでね。」と太鼓判を押した。
そして、午後一杯は、各自身の回りの整理と、夜に遼子が企画している歓迎会の準備を手伝うことになった。

やがて、農場に夕暮れが訪れた。

遼子は、寮の庭に設えてあるかまどに火を起こし、大きな鍋を火にかけてワインを煮立たせた。
そして、刻んでおいたチーズの固まりを、何回かに分けて鍋で溶かした。
チーズの芳醇な匂いが農場に広がる。
遼子を手伝っていた塾生の女子たちは、チーズの匂いに高揚して、顔を見合わせてはニッコリと笑いあった。
あとは、フランスパンはもちろん、スティック状のニンジンや大根、きゅうり、そして粗挽きソーセージ、鶏のささみが山盛り用意された。それらを串に刺して、チーズを絡めて食べる、農業塾特製チーズフォンデュだった。
遼子は、「隠し味」と言いながら、なべに胡椒と一緒に何かを入れた。
そして女子を手招きして、チーズを絡めたフランスパンを一切れ渡した。

「食べてみて。」

すると、たちまち彼女の顔に笑顔が広がった。

「うわあ、濃いけど、くどくない。どれだけでもたべられそう。」

「でしょ、秘伝なの。」

「遼子さん、何を入れたんですか?」

「秘密。あなたたちが、ここに慣れた頃に教えるわ。」

やがて、軽めのアルコールやジュースを持参した男性陣が合流し、かまどから下ろした鍋を囲んで彼らの歓迎会が始まった。
もちろん、そこには代表の押井、そして東大寺正徳と妻 喜代も同席していた。

若い塾生たちは、年の割に年長者との場に慣れているらしく、アルコールが入ってもあまり乱れることはなかった。
むしろ、押井たちによく気を配って、気持ちの良いお酒を楽しませていた。

やがて、先代老人が口を開いた。

「うん、久しぶりに良い酒じゃな。あんたらは、若いのに実に気持ちのよい連中じゃ。
じゃが、気のせいか、あんたら実に気持ちが通じ合っとる。まるで、ずっと前からの知り合い同士のようじゃ。」

「先生・・・。」

環木森一郎が口を開いた。

「いや、先生は面はゆいのお。」

「ならば、なんとお呼びすれば?」

「私たちは、師匠とお呼びしてますよ。」

遼子が話に加わった。

「まあ、柄でもないが、呼び方も決めんと困るじゃろうて。師匠でよいよ。」

「分かりました、師匠。実は・・・。」

森一郎は、そこで言葉を切って遠い目をした。

(#70に続く)