今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#67

(写真:水辺に棲む暮らし)

入塾の朝

その日の朝、東大寺正徳老人の農業塾には、三三五五とジーパンやジャージの若者たちが集まってきた。みな、手には大きなボストンバッグを抱えたり、キャリングケースを引いている。
建物の前は舗装をされていたが、トラクターが頻繁に通るので、土が落ちたところに雨が降って泥のぬかるみになっている。
キャリングケースを引いた若い女性は、タイヤを汚すのが嫌で、両手で重いケースを引き上げるようにしてよたよたと歩いていた。

到着した彼らを、女性職員が建物の会議室へと案内をする。そこで、これから共同生活をする場所や待遇面、仕事の内容を説明するためだった。
やがて、定刻となり女性職員が入塾希望者の点呼をする。そして、一人も欠けていないことを確認すると、しばらく会議室から姿を消した。
やがて女性職員は、よく日に焼けた50代の男性をともなって会議室に戻ると、男性とともに部屋の前方に腰を下ろした。

「はあ、みなさん、ようお越しになりました。」

男性は、単語は標準語だが、地元のなまりがキツイ第一声を発した。

「私が、当『さとやま農業塾』代表の押井と言います。よろしくたのみます。」

「あの。」

物怖じない性格なのか、一人の若者がそこで口を挟んだ。

「はい、なんでしょう?」

「この建物は、『東大寺農業ファーム』の事務所ですよね。この農業塾と『東大寺農業ファーム』はどう言う関係なのですか?」

「いやあ、みなさん、まずそれを聞かれます。」

慣れた質問とみえて、押井はニコニコと答えた。

「では、少し説明をします。
実は、この農業塾には三人講師がおりまして、一人は私押井です。私は農業の技術指導を主に担当します。
二人目はこちらの賀茂川です。農業塾の卒業生で、今は私たちと一緒にやってくれています。」

そこで、賀茂川は軽く頭を下げた。

「で、あと一人なんですが、もともとは農業の専門家ではないです。ですが、『東大寺農業ファーム』を作ったのも、また『さとやま農業塾』を作ったのもこの人です。みなさんは、東大寺正徳と言う人を知ってますか?」

「東大寺・・・。確か・・・、東大寺グループの前の代表ですよね。」

「お前詳しいな。」

彼の友人と思しき人物が、質問者の若者を小声で褒めた。

「もう一人講師が、その東大寺正徳氏なんですよ。」

おおっ!

会議室からは、一斉にどよめきの声が漏れた。

「え、本当ですか?」

俄かには信じられない顔で、

「東大寺グループと言えば、世界中に拠点があって、社員も10万人以上の巨大企業グループですよ。今の躍進も、東大寺正徳氏の功績が大きいと言うじゃないですか。
そんな人が、こんな田舎で農業講師をしているなんて、正直ありえません。」

「まあまあ。あの人は、もう第一線を退いてますしね。
ですが、このことはくれぐれも内緒にしてください。もし、正徳氏がここにいるとなると、今でも、はあ、教えを請いたいと言う社長はたくさんいて、そう言う人たちがわんさと押しかけます。
それに、悪いことを考える人たちもいるでしょう。そしたら、みなさんにも迷惑がかかりますから。」

ゴクリ、と若者は唾を飲み込んだ。

「と、言うことは、僕ら東大寺グループの社員になるのですか?」

「はい、一旦は『東大寺農業ファーム』の契約社員になって貰います。ですが、希望があれば、この賀茂川のように正社員として一緒に働いて貰うことができます。但し・・・。」

「但し?」

「何を隠そう私も、はあ、当『東大寺農業ファーム』社長を兼務しています。だから、塾とは名ばかりで、実際に農作業を一緒にやりながら覚えて貰うことになります。
農作業の経験はありますか?慣れないうちは、はあ、たいへんですよ。」

しばし、入塾希望者たちは、お互いの顔を見合わせていたが、考えてみればそれは当たり前の話である。

「大丈夫です。最初からそのつもりです。」

「まあ、以前都会育ちのか細いお嬢さんが農繁期に来ていましたが、しばらく過ごすうちにすっかりたくましくなって帰っていきました。みなさんなら大丈夫でしょう。」

おそらく、押井の脳裏には、東大寺正徳の孫である歌陽子の顔が浮かんでいたのだろう。

「それと、くれぐれも東大寺正徳氏のことは、はあ、内緒でお願いします。
では、賀茂川から説明を受けた後、みなさんが過ごされる場所へ案内します。そこで荷物を解いたら、午後からは東大寺正徳氏に会って貰います。」

(#68に続く)