今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#65

(写真:深みどりの植生)

志鶴VS先代

「奥様、しっかりしてください。」

作業着姿の歌陽子(かよこ)を見て、ベッドに卒倒した志鶴に声をかけながら、安希子は彼女を助け起こした。

上体を起こし、ベッドのへりに腰掛けて、こめかみを右手の人差し指と中指で押さえながら、志鶴は頭の混乱が鎮まるのを待った。

そして、しばらくその姿勢を保っていると、今度は心配した歌陽子が声をかけてきた。

「あの、お母様、大丈夫ですか?」

聞き慣れた娘の声に、一瞬にして思考の繋がった志鶴はキッと顔を上げ、歌陽子の顔を見据えて言った。

「大丈夫ですか、じゃありません!全くあなたまで何考えているの!」

「で、でも、今おじい様が準備されているのはカントリー・パーティなんでしょ?お客様にお出しする料理も、味わっていただく雰囲気も、私が田舎で過ごした通りなんでしょ?そうですよね?おじい様。」

「そうじゃ、そうじゃとも。」

すっかり嬉しそうな先代老人。

「だから、ドレスのままでは、余計チグハグになると思ったんです。」

「まあ、あなたまで、すっかりおじい様に乗せられて。」

「ああ、コスプレですか。」

安希子は、妙に腑に落ちた顔をした。

「確かに、メイド喫茶とか、コスプレバプとかありますもんね。そう思ったら良いのですね。」

「ちょっと、安希子さんまで煽らないで。」

「申し訳ありません。」

「だいたい、さっきまで、ピアノリサイタルがどうのと大泣きしてたのは誰よ。懲りない子ねえ。」

「奥様あ。それ以上はダメです。また、拗ねてもっと面倒くさいことになります。」

「あ、そうね。」

この主従、さっきから歌陽子のことをぼろっカスである。

「志鶴さん。」

さっきから黙って聞いていた東大寺家先代当主が口を開いた。

「確かに、今まで歌陽子にも、あんたにも済まんことじゃった。この通りじゃ。」

「え?まあ、お義父様、頭を下げないでくださいな。」

いきなり豹変した先代に拍子抜けしたのと、気味悪くなったのとで志鶴の舌鋒が鈍った。

「じゃがのお、歌陽子の誕生会は、正月の三が日が明けて、関係者が一堂に集まる、いわば年頭の顔合わせのようなもんなんじゃよ。」

「分かっておりますわ、そのことは。」

志鶴は気持ちを落ち着けながら答えた。

「私も東大寺の嫁です。それに、お義父様は昔から賑やかなことがお好きでした。でも・・・主役の看板を背負わされた歌陽子の身にもなってくださいませ。周りが寄ってたかっていろんなことをして盛り上がるのは勝手です。でも、最後は歌陽子の名前で皆んな記憶するんです。ついには、末代まで歌陽子が東大寺家で物笑いのタネになるのは耐えられません。」

「志鶴さん、そもそもあんたは、わしのことを誤解しとる。耄碌して、家業を放り出した挙句、農業にうつつを抜かしておる年寄りくらいに思っとるじゃろう。暇を囲った挙句に、孫の誕生会に馬鹿騒ぎするだけが能の恥ずかしい老人とものお。」

「い、いえ、私は歌陽子の気持ちを申し上げただけで、お義父様のことは別に。」

「まあ、誤魔化さんでもええ。わしもいつも行き過ぎるからのお。それに、歌陽子も馬鹿騒ぎが嬉しい年はとっくに過ぎとるじゃろ。
それは、別に克徳にも言われんでもよう分かっとる。なのに、訳知り顔で誕生会を内輪でやりたいなどと抜かすから、ついわしも本気で怒鳴りつけたんじゃよ。
じゃがのお、わしは自分の一番自慢できるもんを歌陽子に渡そうと思ってずっと準備してきたんじゃ。それは、大人になった歌陽子へのわしからの大きなプレゼントなんじゃよ。」

しみじみと語る先代に、志鶴もつい、

「まあ、私も言い過ぎました。お許しください。」と、返した。

「じゃあ、あとはわしに任せて貰えるかの?」

「そ、それは・・・。」

もちろん、歌陽子は知っていた。
先代と志鶴のやり取りは毎年こうなのだ。
一見噛みあわない会話を続けて、最後はいつの間にか先代の思惑通り進んでしまう。

ここは嫁の忍耐と心の中で苦虫を噛み潰しながら、志鶴は言った。

「歌陽子、ほどほどにね。」

「はい。」

この会話も例年通りである。

「なら、善は急げじゃよ。」

志鶴を押さえ込んで、すっかり勢いこんだ先代老人は歌陽子の手を引っ張った。

「あ、おじい様、気をつけてください。」

そんな注進もなんのその、部屋から飛び出し、長い廊下を抜け、階段を駆け下りて、先代に手を引かれた歌陽子はあっという間に中庭へと連れて来られた。

「奥様、あっという間にお嬢様をさらわれましたね。」

安希子の言葉に諦めたように志鶴が答える。

「もう、いいわ。みんな勝手になさい。」

(#66に続く)