今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#64

(写真:老木の賑わい)

カントリー・ガール

「そう言えば、おじい様、私に手伝って貰いたいことって何ですか?」

「おお、そのこと、そのこと。」

東大寺家、先代当主は孫の歌陽子(かよこ)に問われて、相好を崩した。

そして、部屋の扉の後ろに回ると、薄汚れた布の袋を引き出した。

「大旦那様、せっかくの絨毯に埃が落ちます。」

ハウスキーパーの安希子は、先代が引きずってきた袋が埃にまみれているのを見つけて、悲鳴を上げた。

「米俵と一緒に積んできたから、汚れたんじゃろ。じゃが、中身はきちんと洗濯したから、きれいなもんじゃ。」

「いや、ですから、大旦那様、そう言う話ではなくて。」

「なんじゃ、農家ではいちいち家が汚れるとか気にしたら、1日も暮れんわ。」

「ですから、ここは農家ではなく、お屋敷・・・。」

しかし、安希子の言うことなど、全く意に介さず、先代東大寺老人は、歌陽子を手招きすると袋の口を開いた。

「まあ、おじい様。」

「そうじゃ、歌陽子、お前の作業着じゃ。」

「でも、歌陽子さま、これ少し匂いますわね。」

一緒に覗きこんだ希美が言う。

「おじい様、これ、洗って持っていらしたと聞きましたけど。」

「ん?まあ、洗剤の匂いの野良着じゃ興醒めじゃろうと思って、一晩畑の横に吊るしておいたんじゃ。どうじゃ、土の匂いがするじゃろ?」

「大旦那様、土の匂いと言うか牛糞の匂いです。」

顔をしかめながら、安希子は閉じかけた窓をまた全開にした。

「馬鹿を言うてはならん。これは干し草の匂いじゃ。」

「どちらも同じです。干し草ばかり食べている牛のお尻からは干し草のような牛糞が出るんです。」

「ちょっと、お義父様、安希子さんもおよしなさい。」

どんどん下世話になっていく会話に堪え切れなくなった志鶴が割って入った。

「いずれにせよ、お義父様、この服をどうされるのですか?」

「知れたことよ、今から歌陽子に着せるのじゃ。」

「・・・。」

しばらく、全員が固まった。

やがて、最初に沈黙を破ったのは歌陽子であった。

「あの、私、今からパーティに戻らないと。」

「そうです。歌陽子は今日の主役です。お義父様の仕事をしている場合ではありません。」

「何を言っておる。パーティの主役だから、着替えるんじゃ。」

「お義父様、何を言われているのですか!」

「これから、わしのカントリー・パーティを始めるんじゃよ。」

「つまり、田舎ものパーティですか・・・。」

ボソッと安希子が呟く。

「ま、困ります!お義父様がそんな野良着を着て、歌陽子が臭い匂いのする作業着を着て二人でホールをうろついたら、お客様がたは私たち家族が気が変になったと思います。歌陽子もお嫁の貰い手がなくなります!」

志鶴は、必死に抗議した。

「誰が二人だけじゃと言った。窓の外を見てみるんじゃ。」

先代に促されて、一同が窓の外を見てみると、作業着を着た10人ばかりの男女が集まっている。

「あの方々はどなたですの?」と由香里。

「あれはわしの弟子たちじゃ。去年、村に定住したい若者を募集したんじゃ。そうしたら、ごそっとまとめてやって来たんじゃよ。今は村で農業を教えとる。」

「で・・・、お義父様は、あの人たちと何をなさるおつもりですか?」

恐る恐る志鶴が尋ねる。

「彼らは、今日のカントリー・パーティのホストじゃよ。」

「な・・・!お義父様、まさかあの人たちを屋敷にお入れになるつもりですか?
あ、あの人たち、泥のついた長靴履きじゃありませんか!」

「どうじゃ、雰囲気でとるじゃろ。歌陽子の分もあるぞ、長靴。」

「きゃ〜〜〜!」

急に安希子が奇声を上げた。
ハウスキーパーとして、屋敷を完璧に清潔に保ってきた彼女の忍耐の限界だった。

目を爛々と光らせた志鶴、奇声をあげる安希子、それもどこ吹く風の先代。
わけの分からなくなっている希美と由香里。
全く収拾つかず。

その時、いきなり歌陽子が作業着の袋を持って部屋の外に走り出た。

「あ!」

「歌陽子、なにするの?」

「お嬢様、お待ちください。」

声は追い縋れども、たちまち歌陽子の姿は広い東大寺邸の中に消えてしまった。

「まあ、良かったです。」

ポツリと安希子が言った。

「え?」

「ですから、歌陽子お嬢様が機転をきかされて、作業着を捨てに行かれたんですわ。」

「な、なんじゃとお、歌陽子がそんなことをするはずがないわい!」

「まあ、お義父様、落ち着いてください。」

力む老人をなだめる志鶴、内心ホッとしながら。

と、思った瞬間、扉の陰から歌陽子が顔を出した。

「ま、歌陽子、どこへ行って来たの?」

「おい、歌陽子、わしの袋はどうした?」

そして、歌陽子はそろそろと扉の陰から姿を現した。
それは、何をどうやったものか、数十秒の早業で農家の作業着に着替えた歌陽子だった。
麦わら帽を背中に吊るし、首にはタオルを巻いて、ご丁寧に長靴まで履いている。
正真正銘のカントリー・ガールがそこにいた。

それを見た瞬間、志鶴はベッドに卒倒し、安希子は言葉を失った。
一人、
「歌陽子お、やっばりお前は・・・。」と、涙目の先代。

そして、由香里は惚れ惚れと歌陽子の野良着姿を見て、

「お似合いですわ、歌陽子さま。」と口走った。

それを物凄い目つきで睨む安希子。

(#65に続く)