成長とは、考え方×情熱×能力#63
大地の味
「お〜い、歌陽子。・・・、ん?なんじゃ、女ばかり集まって騒々しいのお。」
その時、先代東大寺家当主、東大寺正徳がふらりと歌陽子の部屋に顔を出した。
「お義父様!」
「お、志鶴さんもおるのか?奥向きの方は良いのか?」
「お義父様、奥向きどころじゃありません。一体コックを全員どちらに連れて行かれたのですか?」
「あ、そのことか、すまん、すまん。少しでも皆んなを驚かせようと、内緒にしておいたんじゃ。」
「だからと言って、私にまで内緒にされることはないじゃありませんか!」
「じゃが、志鶴さんに言えば、当然克徳の耳にも入るじゃろ?」
「そ、それは、そうですが。」
「あいつは、わしに今回の歌陽子の誕生会を内輪でやりたいと抜かしてきおった。老い先短いワシの楽しみを奪うつもりなんじゃ。」
「お義父様、ですから主人もお気持ちを考えていつも通りパーティを開いているじゃありませんか。」
「いずれにしろ、あとは若いもんがやるから、年寄りはおとなしくしていろという事じゃろ?」
「お義父様、それは僻みと言うものです。」
「言うに事欠いて僻みとはなんじゃ。志鶴さん、わしはそんなにねじくれた老人か?」
「そこまで言ってはおりません。」
「もういい、わしは歌陽子に用事があるんじゃ。」
そう言って、先代老人はベッドに近寄ると、歌陽子の顔を見るなり、
「どうじゃ、まだ、気分が優れんか?」
と声をかけた。
「はい、おじい様、かなり落ち着きました。」
「そうか、じゃあ、少し手伝ってくれんか?」
すると由香里が心配して、
「歌陽子さま、大丈夫ですの?まだ、無理されない方が良くなくてよ。」
だが、先代老人は意にも介さず、
「こんな狭苦しいところで、女子衆に囲まれて、窮屈なドレスを着ていたら、良くなる気分も良くならんわい。少し外の空気に当たった方が良いじゃろ。」
そう言って先代は歌陽子のベッド脇の窓に歩み寄ると、パアッと全開に開け放った。
真冬の夜の空気が一気に流れ込み、薄い布のドレスしかまとっていなかった娘たちは寒さに震え上がった。
「おやめください。大旦那様、皆様、お風邪を召されます。」
そんな安希子の声など聞こえぬように、先代は歌陽子を窓のところに手招きした。
「歌陽子、こちらに来て見てみるんじゃ。」
「なんですか、おじい様。」
歌陽子の部屋の窓からは、屋敷の中庭が良く見えた。
良く刈り込まれた芝の上に、何台も中型トラックが止まっていた。
そして、トラックの周りには屋敷のコックたちが動き回っている。それに混じって、作業着姿の若者の姿も見受けられた。
「あ、あれはうちのコック!お義父様、これはどういうことですの?」
「わあ、とてもいい匂いですわ。」
「本当ですわね。」
中庭のトラックからは、飯の炊き上がる匂いが香り、窓辺に集まった娘たちの鼻孔をくすぐった。
「どうじゃ、わしの東大寺式移動厨房じゃ。」
「おじい様、いったいどこから持っていらしたんですか?」
「わしの村からじゃよ。」
「へえ〜っ。」
思わず令嬢らしからぬ感嘆の声を上げた歌陽子、彼女の脳裏には農繁期に手伝っていた、先代老人の村の光景が思い描かれていた。
「集まった皆の衆に大地の味を振舞ってやるんじゃよ。」
(#64に続く)