成長とは、考え方×情熱×能力#59
兄弟喧嘩
「あ・・・!」
その時、桜井希美が小さく声を出した。
希美は、シンガポールに拠点を置く貿易会社社長の令嬢である。
「そうよ、オリヴァー・チャンですわ。」
「知っている人?」
そばにいた、高松祐一が聞いた。
「はい、最近、シンガポールで急に名前が知られ始めた人ですの。人工知能専門のベンチャー企業を立ち上げて、急成長していると言うお話ですわ。確か私の父の会社にも売り込みに来ていましたの。」
「そうだよ。」
そこに割り込んだのは、歌陽子(かよこ)の弟の宙だった。
「オリヴァーは若きベンチャー企業の経営者ってだけじゃない。数年前まで、シリコンバレーで人工知能を研究して、その分野の第一人者だったんだ。オリヴァーはその技術を活かしたくて、シンガポールで起業したんだよ。
オリヴァーの技術はね、身体につけたセンサーから微小な反応を読み取って、次の行動を予測するのさ。それで機械を動かせば、まるで自分の筋肉のようになるんだ。ねえちゃん、これが何を意味するか分かる?」
だが、「レッドクイーン」の自画像を前にすっかり固まってしまった歌陽子。
安希子にピチピチと頰を叩かれて我に返った。
「しっかりして下さい。お嬢様、宙坊っちゃんが何か難しいことをおっしゃってますよ。」
「へ・・・、なんて?」
そんな歌陽子の反応に宙は呆れかえってしまった。
「えーっ、聴いてなかったのかよ。しょうがないなあ。
いいかい、簡単に言えば、ねえちゃんたちのロボットを負かす為にオリヴァーを雇ったんだ。
ねえちゃんたちがハリウッドのプログラマーに作らせた紙芝居やハリボテじゃなくて、ホンモノの人工知能でうごく自立駆動のロボットを作る為にだよ。」
「宙、だけど・・・。」
素直に疑問を口にする歌陽子。
「なに?」
「そうまでして、お金使って私たちに勝ってどうするの?たかが、一企業のロボットコンテストでしょ。工業新聞の片隅に紹介されるくらいがオチでしょ。」
「え、なに言ってんの?ねえちゃんや、ねえちゃんの会社の社長さんはよくわかっていないみたいだけど、10年後の東大寺グループのビジネスを、ガラッと書き換えるくらいのインパクトがこれにはあるんだよ。
まず介護ロボットを手始めに、やがてAIとロボティクスでコントロールされたスマートシティを実現するんだ。そこにグループの資本が一気に投入されるんだよ。その時に、頭を取っているのは、ねえちゃんか、俺か、それともグループの誰かかって話をだろ?」
え?考えたこともなかった。
私が、東大寺グループ全体の頭を取る?
課のたかだか3人の人たちさえ満足に動かせないのに、10万人もいるグループ全体なんか動かせっこない。
そんなこと、遠い世界の話だと思ってた。
「だけど、宙、あなたは東大寺家の跡継ぎなんだし、ほっておいてもいずれあなたがグループを動かすようになるのよ。」
「何十年後の話だよ。それに、じいちゃんもばあちゃんも、ねえちゃんにしか興味がないじゃないか。俺は、こんな大袈裟でくだらないパーティなんか一度も開いて貰えないもんね。
最近は父さんまで、カヨコ、カヨコってうるさいし、もうねえちゃんだけ居ればいいんだよ。」
偉そうなことを言っても、所詮中身は中学生、姉にだだをこねているようにしか聞こえない。
「だけど・・・私じゃ、そんな責任負えないわ。」
「だから、こんなパーティを開いて、質の良さそうな種馬を選んでるんじゃないか。なのに、『今日はようこそお越しになりました。ありがとう。』なんて、バッカじゃないの。」
その時、厳しい声が飛んだ。
「こらっ!宙!やめないか!お客様に失礼だろう!」
思わず首をすくめた宙。
それは、パーティ開始10分前に姿を現した東大寺克徳であった。
(#60に続く)