今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#55

(写真:北潟湖畔 その2)

それぞれの道

歌陽子(かよこ)の学友は、桜井希美、松浦結花里と言った。
すらっと背の高い希美、薄いブルーとドレスが彼女の細身の身体を引き立てていた。
対して、少ぽっちゃりした結花里、ピンクのドレスが彼女に柔らかな印象を添えていた。
タイプの違う二人は、長年、歌陽子が親しく付き合ってきた学友だった。
希美は江戸時代から続く商家の末裔で、古い屋号を守りながら、今やシンガポールに拠点を構える貿易会社社長の令嬢だった。
結花里は、代々続く教育家の家系で、父は有名私立大学の理事長を務めていた。
才気溢れる希美と、美人の結花里、一緒にいると歌陽子は自分が二人の引き立て役のように感じていた。
しかし、むしろ二人の方が、彼女を「かよこさま」と呼び、歌陽子を引き立てようとした。その距離感が歌陽子には心地良く、二人は彼女にとって特別な友だちだった。

小中高、そして短大と一緒に過ごし、東大寺家の計らいで、二人も歌陽子とともアメリカの有名大学への留学が決まっていた。
しかし、当の歌陽子が留学を拒否し、自ら一般の会社に飛び込んでしまった。
二人はとても落胆し、歌陽子と一緒に日本に残る気持ちを固めていたが、歌陽子の父、東大寺克徳のたっての願いで予定通りアメリカへと留学した。
歌陽子が入社一ヶ月後、体調を崩し一旦休職した時も、わざわざ二人揃ってアメリカから帰国し、しばらく日本にとどまって歌陽子を励ましてくれた。
歌陽子にとっては、とても大切な友だち、かけがえのない親友たちだった。

「あの、歌陽子さまのお父様から今日メールをいただきましたのよ。」

家族ぐるみの付き合いをしている東大寺家と、桜井家、松浦家の令嬢たちは、歌陽子の父親の克徳ともメールアドレスを交換していた。

「『出来の悪い娘だが、今は歌陽子なりに頑張っている。道はそれぞれ違ってしまったが、今日くらいは旧交を温めて欲しい』ですって。」

「まあ、希美さん、『出来の悪い』まで読まなくても良くてよ。歌陽子さまに失礼でしょ。」

「あはは、そうですわよねえ。」

まるで二輪の花がまとわりつくように、二人の女性はくるくると笑いあっていた。

(二人とも変わらないなあ。私も昔はこんな言葉遣いをしていた時期もあったかしら。)

「歌陽子さま、最近はどうですの?また、辛くはなってらっしゃらない?」

「はい、最近はすっかり一会社員が板につきました。雑草魂のようなものが、身についたんでしょうか。」

「まあ、以前の歌陽子さまとは別人みたい。なんだか言葉遣いもキビキビされて、頼もしく思えますわ。」

(そりゃ、そうでしょうとも。)

今度は歌陽子から二人に質問を投げかけた。

「予定では、再来年にはお二人とも日本に帰っていらっしゃるんでしょ。その後、どうされますの?」

「私は、父の会社に入りますわ。まずは父の秘書として、会社の仕事のことを覚えるんですの。」

民間企業家の娘の希美は、既に少しづつビジネスウーマンの顔をのぞかせていた。

「結花里さんは?」

「私は、お父様の紹介で美術館に勤めることになりましたの。それで、ゆっくり絵の勉強をすることにしましたの。」

結花里は画家志望であった。

(みんな、しっかりしているなあ。私なんか、外に飛び出さなかったら自分の足で歩くことなんかできなかったのに。)

「そう言えば今日、男の方々もお越しになりますのよね。」

そう、希美が聞いた。

その時、歌陽子は後ろに立っている安希子の目が光った気がした。

小中高、短大とお嬢様学校に通った歌陽子に本来男友達はいないはずである。
しかし、折に触れ東大寺家や学友の家で催される行事で、親しくなった男友達はたくさんいた。
誕生会にも招き、招かれているうちに、歌陽子の誕生会には毎年参加している男友達が10人以上いた。
多分、そのことを言っているのだろう。
彼らは全て上流階級の子弟であり、また世に言う一流大学で学ぶものも多かった。
その交友の中から、将来歌陽子の夫となり、宙ともに東大寺家をになう人物が現れることを周りは期待していた。
歌陽子とて、心ときめかせた相手の一人や二人はいるにはいた。
しかし、あまり異性慣れしていない彼女は、それ以上深く付き合うことをして来なかった。
でも、歌陽子も21、そろそろそちらも、うるさくなる頃である。

(#56に続く)