成長とは、考え方×情熱×能力#51
先代張り切る
東大寺グループ、代表 東大寺克徳の執務室では、二人の男性が眉間に皺を寄せて話し合いをしていた。
「お父さん、今年からはもうこんな大袈裟なことはやめてください。」
一人は言わずと知れた、東大寺克徳、歌陽子(かよこ)の父親である。
「じゃが、これは老い先短い老人の唯一の楽しみなんじゃ。それを奪うような真似はせんでくれんか。」
もう一人は、東大寺正徳、東大寺家の先代当主であり、克徳の父親、つまり歌陽子の祖父である。
「程度のことを言っているのです。別にやめろなんて言っていません。だいたい、お父さんは歌陽子を猫可愛がりし過ぎです。
確か、歌陽子が5歳の誕生日の時でしたよね。都内のホールを借り切って、オーケストラまで雇って、歌陽子に習い始めたばかりの『猫踏んじゃった』のリサイタルをさせたのは。会社関係や取引先や、父兄会まで声をかけて500人のホールを一杯にして、それで聞かせたのが下手くそな『猫踏んじゃった』ですから、未だに思い出すと恥ずかしくてたまりませんよ。」
「いいじゃろ、みんな喜んでくれたんじゃから。」
「違います。あれは、歌陽子の演奏を喜んだんじゃありません。記念品で包んだ一本5万もするワインに集まってきただけです。それに、あとで歌陽子の下手な演奏をDVDにして全員に配ったでしょ。それだけで、経費は5千万を超えてるんですよ。」
「金の問題じゃないじゃろ。歌陽子の5歳の誕生日は一生に一回きりじゃ。その時に、一番喜ぶようにしてやりたいと思って何が悪いんじゃ。」
克徳は聞き分けのない老人に対して、喉の奥からため息を吐きながら言った。
「はあ、これだけは言ってはならないと思いましたがね・・・あえて言います。
確かにまだ5歳の歌陽子はそれで喜んでいたでしょう。しかし、小学校に上がってから、遊びにいく友達の家、遊びに行く友達の家で当時のDVDを見せられて、恥ずかしくて泣いて帰ってきましたよ。
しばらく、登校拒否みたいになっていたのをご存知でしょう。そうそう、その時、これ幸いとお父さんは歌陽子をエジプトに連れて行ってましたけど。」
「いいじゃろ。なんでも経験じゃ。」
「だからって、要らないトラウマを経験させてどうするんですか?」
「わしは、みんな歌陽子に良かれと思って・・・。」
「あ、ああ、分かりましたよ。だから、そんな顔しないでください。私が言い過ぎました。」
「じゃあ、わしは好きにしてええな。」
「ですが、この大型クルーザーだけはやめてください。」
「何じゃと?お前がバンバン気前よく高い車を買い与えるから、わしが勝とうと思ったらクルーザーぐらいしかないじゃろ。」
「ですが、こんなクルーザーがいくらすると思ってるんですか?第一、お父さんは財産のほとんどを私に譲渡して、現金もあまり持たれないでしょ?」
「なんの、東大寺グループの株を抵当にいれれば、1億や2億くらい用立てるなど軽いもんじゃ。」
「やめてください。本当にやめてください。それに、こんなもの買い与えて維持費はどうするんですか?」
「なんじゃ?年に一千万や二千万でビクともするお前じゃあるまい。」
「いや、その、歌陽子はもう社会人ですし、自分の給料の中でやることも覚えないと。」
「いくらくらい貰っとるんじゃ?」
「おそらく手取りで15万いってないかと。」
「なんじゃと!それじゃ車の維持費にもならんじゃろ!」
「そうです。ですから、屋敷の生活と車は別にしています。安い車で事故をして怪我でもされたり、電車通勤で痴漢にでも襲われたら敵いませんからね。でも、なるべく外では自分の給料の中でなんとかしようと頑張っています。」
「じゃが、それでは東大寺の令嬢としてのメンツが立つまい。」
「お父さんが言わないでください。いつも野良着で歩き回っているくせに。」
「わしはいいんじゃ。じゃが、歌陽子はまだ未来のある身じゃぞ。」
「ええ、分かっていますとも。私も一度はそれで厳しく歌陽子を叱りました。でも、手取りが15万と言うことは、今の歌陽子の社会的価値がそれくらいと言うことです。だから、分相応に生きたいと言われたら何も返せんじゃないですか。」
「お前は子供に甘いのお。」
「甘いのはお父さんの方です。とにかく、クルーザーはやめてください。第一、歌陽子自身が欲しがってないですから。」
「分かったわい。しょうがないから、一億円分の商品券でもくれてやろうかい。」
「なんか言いました?」
「なあんにもじゃよ。」
そう言い残して、先代の東大寺当主は、大股で部屋を立ち去ろうとした。
「どこへ行くんですか?」
「明日の準備じゃ。忙しいからもう行くぞ。」
「だから、あまり派手なことはやめてくださいね。」
「分かっとるわい。うるさいのお。」
(#52に続く)