読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#49

(写真:集合団地 その2)

空港

目の回る正月三が日もやっと終わり、新年の始業を明日に控えた4日、歌陽子(かよこ)は空港にいた。

年内を日本で過ごした日登美泰造が今日アメリカに発つ。
その彼を見送りに来たのだった。

国際線の出発ロビー、定刻の1時間前、搭乗手続きを済ませ、小ぶりのショルダーバッグ一つを肩からかけた泰造と、普段着の歌陽子が会話をしていた。

「別に俺は旅行に来ていた訳じゃないし、そんな大きなボストンバッグをいくつも抱えて移動なんかする訳ないだろ?」

「そうなんですけど、どうもアメリカって聞くとそんなイメージがあって。」

「確かに、いろいろ生活に必要なものはあったし、日本の気候に合わせて服も買い込んだけど、年明けてすぐ昔のやつらにただでくれてやったよ。」

「へえ、気前いいんですね。」

「むしろ、人生のキャパを大事にしてるってことかな。だいたい、人間は自分が一度手に入れたものに固執しすぎるんだ。アケミだって、自分の子供が二人とも赤ん坊を卒業しているのに、ベビーベッドをしまってあるんだぜ。旦那に3人目を作るつもりかって聞いたら、『それはもういいや』だってさ。
なのに、もう使わないベビーベッドで家を狭くするなんてあり得ないだろ?」

「うん、でもありそうな話ですね。私の家も、皆んなからはお金持ちだとか、セレブだとか、羨ましいみたいに言われますが、その実お正月の三が日もノンビリできないんですよ。たくさん持っていると言うことは、それだけ管理に手間かかかると言うことですし、お付き合いも増えるから自分の時間が削られるんですよ。」

「世の中の常識は多数派が作るから、金持ちが幸せなんてのも、そうでない圧倒的多数派の意見だったりするんだよな。」

「あはは、言えてますね。」

「だろ?」

「でも、せっかく日本でノンビリできたのに、私たちの用事で忙しくさせてしまって済みませんでした。」

「ああ、いいよ。気分転換に帰っていたんだし、カヨちゃんと一緒にやれて凄く楽しかったよ。いろいろ高いものも食べさせて貰ったしね。」

「そんなたいしたことはしていません。お父様がいろんな会社の株主になっているので、お店の優待券がたくさん送られて来るんです。泰造さんには、こんなにお世話になっているのに、なんにもして上げられていないからせめてのお礼です。」

「うん、気持ちが一番嬉しいな。だけど、あんまりオヤジたちには飲み食いさせないでよ。」

「心得ています。公私はしっかり分けていますから。」

「そう言う固い話より、いつかカヨちゃんがどっかに行った時に、カヨロスがキツイからさ。」

「カヨロスですか?」

「そう、歌陽子ロス。きっと一気に老け込むぜ。」

「そんなあ、ならばもう少し優しく接して欲しいです。」

「子供が好きな子ほど、イジワルをするって奴だよ。あの三人のオヤジは小学生からちっとも成長していないのさ。」

「でも、それは泰造さんも一緒でしょ。」

「ん?あれえ、まだ根に持ってんの?」

「当たり前です。ヤッパリ血は争えないって思いますよ。」

「そうかなあ。」

「そうです。」

「そう言えば、昨日オヤジからこんなメールが来てさ。」

「え、どんなですか?」

「え〜とね、『やっとお前をアメリカに追い返せる。これで、日本の空気が美味くなる』だってさ。ひどいオヤジだろ?」

「へえ〜、で、なんて返したんですか?」

「ホラッ、『オヤジがいなくなって日本の空気が美味くなる頃にまた帰る』、どう?ジョークきいてるだろ?」

「泰造さん、なんか楽しそう。お父さんとすっかり仲直りしたんですね。」

「はあっ?このどこが仲直りしただよ?冷戦継続中だよ。」

「じゃあ、なんでそんなに嬉しそうに私に見せるんですか?」

「いや、それは何だよ。クソオヤジだって見せたかったんだよ。」

「自慢のクソオヤジですね。」

「何とでも言え。」

「ふふふ。」

「もう、この話はおしまいね。」

「はい。でも、泰造さんが帰るといろいろ心配です。」

「だろ?俺がいないと乙女心が疼くだろ?」

「それはありません。」

「キッパリ言うねえ。じゃ何?」

「それは、泰造さんが作ってくれたソフトのことです。まさか不具合はないと信じていますが。」

「つまり、疑っている。」

「いいえ、そんなことはありません。」

「疑いがなければ信じる必要はないだろ?」

「もう、イジワル。」

「大丈夫さ。あのロボットはインターネットにつながっているから、何かあってもすぐオンラインで助けに参りますぞ、安心めされ、姫君。」

「じゃ、ますばひと安心です。」

「あ、そろそろ行かなきゃ。いろいろ有難と。」

「こちらこそ、有難うございました。」

歌陽子は背中を見せた泰造に丁寧にお辞儀をした。

「じゃあね、メガネちゃん。」

そう言って泰造は、保安検査場に姿を消し、歌陽子はそのままずっと頭を下げていた。

ふと振り返って見た泰造は、その歌陽子を見て一言つぶやいた。

「やっぱり日本はいいよな。あんないい娘がいるもんな。」

(#50に続く)