成長とは、考え方×情熱×能力#48
三つ巴
つまり、社長の牧野は歌陽子(かよこ)たち一派を、無茶な自立駆動型ロボットを開発させようと画策する東大寺グループの手先と見做しているのだ。
歌陽子を世間知らずで右も左も分からないお嬢様と油断していたら、いつの間にか東大寺グループの意向通りに動かされそうになっている。
「これは、村方あたりが書いた三葉ロボテク調略の筋書きに違いない」、そう睨んで、牧野は自社防衛のために、対決姿勢を打ち出した。
いわば、歌陽子を筆頭とする東大寺チームと、牧野肝いりの三葉ロボテクチームとの対決である。
もちろん、歌陽子にしてみれば完全な言いがかりだった。
父親の克徳も村方もそれが分かっていて、敢えて「胸を貸して貰え」とけしかける。
別に負けても良いなら悩まない。
しかし、これには前田町ら三人がまた日の目を見られるかどうかがかかっているのだ。
長らく日陰の存在だった開発部技術第5課にまた陽の光を当てたい、それが歌陽子の願いであり、三人との約束だった。
正月休み明けには、また前田町たちと会わなくてはならない。
彼らにどう報告しよう。
だが、前田町はかつてこう言っていた。
「俺らエースエンジニアが三人もついてるんだ。社内の表六玉なんぞに負ける気がしねえぜ。」
ならば、信じても良いのかも知れない。
言いたいことだけど言ってしまうと牧野はスッキリした顔になった。
むしろ、東大寺グループ代表が話に乗ってきたので少し安堵する気持ちにもなった。
午後の光のように少し柔らかくなった空気の中、四人はしばらく歓談し、やがてコーヒーとケーキの礼を述べて、村方、浦沢、牧野三人は席を立った。
「歌陽子、お送りしなさい。」
「はい。」
歌陽子は、父親に促されて玄関まで三人を案内をした。そして、玄関のホールでは、一人の少年が三人を待っていた。
それはチェック柄のシャツの裾をだらしなくデニムのズボンから垂らした、歌陽子の弟の宙だった。
「やあ、宙くん。」
「やあ、村方のおじさん。」
顔馴染みの村方と宙は軽く挨拶を交わした。
「あのさ、村方のおじさん、この人がねえちゃんの会社の一番偉い人だろ?」
「宙くん、君ならもう全部リサーチ済みだろ?」
「まあね。」
そう、薄く笑った宙は牧野の方へ歩み寄った。
「こんにちは。」
挨拶をした宙に、牧野も挨拶を返した。
「はい、こんにちは。」
「姉がいつもお世話になっております。」
「君は歌陽子さんの弟さんかな?」
「はい、弟の宙です。ところで、姉は最近会社で新しいロボットを作っているみたいですね。」
「ん?ああ、ロボットコンテストのことかな?」
「ロボットコンテスト・・・そうなんですね。何しろ姉はハリウッドのCGクリエイターを雇っていますから、もっと大掛かりなものかと思っていました。」
「ハリウッド?」
牧野は宙の言葉に反応して歌陽子の方を見た。心なしか顔がこわばっている。
歌陽子は、穏やかならぬ空気に気づいて必死に言い繕おうとした。
「し、社長、違います。うちの課の日登美さんの息子さんです。一時帰国しているので、少し手伝って貰っているだけです。」
「まあ、いずれにしろ社外の人間だから、くれぐれも我が社の技術が流出しないように注意して下さい。」
丁寧だが有無を言わせぬ重い口調で牧野は言った。
「はい、気をつけます。」
と、そこに宙が割り込んだ。
「じゃあ、社外の人間が参加してもいいんだね?」
「それは事と次第によるよ。例えば、誰のことを言っているのかな?」
「例えば、僕とか。」
「だが、君はまだ中学生だろう?」
宙はさも牧野の反応を予想していたかのように、今度は村方に振った。
「ねえ、村方さん、いいでしょ?」
「う〜ん。」
さすがに考え込む村方。
「ねえちゃんばかりズルイ。」
「宙、村方さんを困らせないの。」
いたたまれず歌陽子は宙を諭そうとした。
「だいたいお父様が許すはずないわ。」
「ねえ、村方さんたらあ。」
再三に渡り、村方にねだる宙。
そこで村方は宙をまっすぐ見て質問をした。
「それで、宙くん、ロボットコンテストに出てどうする?」
少し意地悪い笑みを浮かべて宙はこう言った。
「父さんがさ、最近ねえちゃんを褒めるんだよ。平凡で何の能力もない、ダメなねえちゃんをだよ。」
「宙・・・。」
「だから、父さんにどっちが優秀な子供か分からせるんだ。」
「つまり、君はお姉さんに対する意地で、ロボットコンテストで負かしたいってことだな。」
「うん、そうだよ。それに、僕がコンテストに勝てば、いつか僕に会社を任せてくれるだろ?」
さすがにこれには歌陽子は青ざめた。
「宙!何をバカなことを。社長さんに謝んなさい!会社はね、誰のものでもないわ。社員みんなのものよ!」
しかし、姉の言うことなど意に介さない様子の宙。プイと横を向いた。
そこを引き取ったのは村方だった。
「まあ、ある意味、派手な兄弟喧嘩だね。よし、宙くん、出たまえ。」
「村方さん!」
「ちょっと、村方さん。困りますよ。」
「いいじゃありませんか。こう見えて、この宙くんは天才工学少年なんです。歌陽子お嬢様のチームにも、牧野社長の精鋭部隊にも決して引けは取らないはずです。」
「う・・・ん。」
「牧野さん、よろしいでしょ。ライバルは多いほど盛り上がります。三組の天才チームが互いの考えるベストな介護ロボットをプレゼンしてください。あとは、代表が決めることです。」
「まあ、それはそうだが。」
「じゃあ、決まりです。がっつり三つ巴の戦いですね。あと一ヶ月間、私と代表は高みの見物と行きますか。」
(な、なんで・・・。)
ことの展開にもう訳が分からなくなっている歌陽子であった。
(#49に続く)