今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#44

(写真:そらの白絵の具 その1)

新年の来訪者

年が明けて、正月2日目の午後三時頃、歌陽子(かよこ)はこっそり厨房にはいりこんで壁際に座り込むとウツラウツラとし始めた。
歌陽子と顔馴染みのコックたちは、彼女に好感を持っていたので、夕食の準備で目の回るような忙しさにも関わらず、なるべく彼女がゆっくり休めるように少し気を使いながら仕込みを進めていた。

その厨房の喧騒の中、よく通る声が響いた。

「皆さん、ご苦労様です。たいへんですが、よろしくお願いします。」

歌陽子の母親の志鶴である。
彼女には、当主克徳の妻として、東大寺家の奥向を全て仕切る責任があった。
特に、正月三が日は彼女の手腕が問われる。
まるで、一年間のエネルギーを一気に放出するように志鶴はフル回転をした。
歌陽子もそのペースについて行こうと頑張るのだが、着物を着慣れないのと、やはり母親とは気の張りが違うので、すぐに疲れ果ててしまった。それで、時間の空いた時に母親の目を盗んでは、厨房やトイレの中、庭の物置に隠れては休憩を取った。

しかし、どういう訳かすぐ母親に見つかって引っ張っり出されるのだった。

「あ、やっぱり・・・。歌陽子、歌陽子!起きなさい。」

「あふ、おかあはま。」

「おかあはま、じゃありません。すぐまた、次のお客様か来られますよ。しゃんとなさい。」

「は、はい、おかあはま。すー、すー。」

「歌陽子お!」

生返事ばかりで、またすぐに眠り込もうとする歌陽子に業を煮やした志鶴は、気が立っていることもあって、娘の耳を思い切り引っ張った。

「あ、イタタ!痛い!お母様、耳が、耳が千切れます。」

歌陽子の悲鳴に、またいつものことと、押し殺した苦笑をするコックたち。

「歌陽子、目が覚めましたか?」

「は、ハイ!覚めました!覚めましたから、手を離してください!」

「さ、行きますよ。」

やっと母親の指から解放され、赤くなった耳をさすりながら、歌陽子が聞いた。

「あの、お母様、聞いて良いですか?」

「何ですか、手短かにお願いしますよ。」

「どうして、いつも私のいる場所が分かるんですか?」

「え・・・?」

「ですから、いつも私が隠れて休んでいるとすぐに探しに来るじゃありませんか。」

「それは、・・・私はあなたの母親だからです。」

「はい?」

「ですから、もう行きますよ。」

明らかにお茶を濁したがっている志鶴に、娘の歌陽子にはピンと来るものがあった。

「お母様、ひょっとして・・・。」

つまり・・・、志鶴もお嫁に来た当初、とてもこのハードスケジュールについて行けず祖母の目を盗んでは休憩をしていたのかも知れない。
しかも、隠れ家に使う場所も、歌陽子と大体同じ、休みたくなる時間もほぼ一緒。
だから、歌陽子が姿を消すとすぐに探し当てることができるのだ。
歌陽子は、母親のそんな過去の姿を思い浮かべて、思わず顔がほころんだ。
しかし、志鶴はその笑顔に少し気分を害したのか、

「なにニヤニヤしてるの、おかしな子ねえ」と声をとがらせた。

東大寺家の門は元日の昼から三が日は開け放しにしてある。
そのため訪問客は、車でまっすぐ玄関脇まで進んで、そこから出迎えを受けることができた。
正門には、車番認識システムが設置してあり、門をくぐっただけで訪問客が誰なのかが屋敷内の志鶴に連絡が行くようになっていた。

「奥様、村方様がお越しになりました。」

メイドが志鶴に告げたのは、夫克徳の懐刀、村方の来訪だった。

「さ、歌陽子、村方さんが来られたわよ。」

志鶴に促されて、歌陽子も玄関のホールに村方を迎えに出た。
訪問客は、村方一人ではなかった。
彼と、あと2人が同行していた。

出迎えた志鶴に対して、村方は、

「本年もよろしくお願いいたします。」

と、東大寺家に習った新年の挨拶をした。

「村方さん、いつも主人がお世話になっております。本年もよろしくお願いします」

「今日は、初めてのお客さんをお連れしました。代表はお見えですか?」

「はい、奥でお待ちしていますよ。」

「そうですか。では、皆さん上がらせていただきましょう。」

そう一同に声をかけ、村方は玄関先から奥へと進んだ。
その時不意に、訪問客の一人が頭を下げている歌陽子に、「ご苦労様」と声をかけた。
来客が娘の歌陽子に声をかけることは、今までなかったことである。
驚いて歌陽子が頭を上げると、そこにいたのは、

「し、社長!」

(#45に続く)