今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#43

(写真:柳の精)

姉弟

お昼は近しい親族が集まっての会食となった。とは言え、集ったのは20を下らない人数で、ハウスキーパーの安希子と召集されたメイドやコックは給仕や調理に忙しく立ち働いていた。
これが、昼から夜にかけてますます忙しくなる。さらに2日目からは財界人や取引関係の役員が毎年挨拶のために集まり、三が日は目の回るように過ぎていく。

当然、奥向きは当主の妻たる志鶴が仕切る。長女の歌陽子も、母親のサポートのため接待に駆り出されていた。
だから、昔から歌陽子にとって、正月三が日は一年の中でもっとも忙しい時期であった。
そして、元日の朝、家族で雑煮を食べる一時だけが唯一ゆっくりできる時間だった。
しかも、歌陽子は三が日を振り袖姿で朝から晩まで過ごさなければならなかった。
歌陽子は、昔から着物を着るとひどく肩が凝った。歌陽子は少し時間ができた時を狙って、洋室のソファに身を投げ出し、両腕をソファの後ろに回してウーンと伸びをした。
そして、襟口から手を差し入れて、肩の凝りを揉みほぐしていた。
それは、和装をした女性が決して見せて良い姿ではなかった。

当の歌陽子も、よもや誰も来ないだろうと、完全に油断していたところへ急に、

「ねえちゃん、みっともね。」と声をかけられて飛び上がった。
それは、いつの間にか部屋の中に立っていた弟の宙であった。

「そ、宙!びっくりさせないでよ。」

「気、抜き過ぎだろ?」

「ちょっとくらいいいでしょ。あんたには、着物の辛さが分からないから、そんなこと言えるのよ。」

「じゃあ、着なきゃいいだろ。」

「そりゃ、そう・・・だけど、しょうがないじゃない。お祖母様のまた、お祖母様の時代から、東大寺家の娘はお正月に振り袖を着てお客様のおもてなしをして来たんだから。」

「バカ・・・だなあ。昔は他に着る物がないから、着物を着るのは当たり前だろ。昔やっていたからって、そんなの守っていたら、今でもお釜でご飯を炊いたり、薪でお風呂を沸かさなきゃならないだろ。」

「だけど・・・。」

しかし、歌陽子はそこで口をつぐんだ。
この頭の切れる弟には何を言っても、いつもいつもやり込められるからだ。
そこで、ソファの上に居住まいをただして、

「もう、行くね、お姉ちゃん、忙しいから」と席を立とうとした。
だが、宙は歌陽子の先回りをして入口のドアの前で通せんぼをした。

「あのさあ、俺ねえちゃんに聞きたいことがあるんだけど。」

しかし、歌陽子はあまり宙には関わり合いになりたくなかった。
何かにつけすぐ歌陽子のことを小馬鹿にする宙、自分より頭が良いのだから仕方ないと割り切ってはいたが、正直気持ちの良いものではない。
ところが、最近はそれに加えて敵意のようなものを感じる。明らかに彼女を意識しているのだ。今朝の一件もそうだった。
わざわざ事を荒立てなくても良いのに、歌陽子が困るように仕向けて来た。

「忙しいから、ごめんね。そこどいて。」

さらっとかわそうとするのだが、今日の宙はしつこかった。
昼前に先代から、歌陽子と宙で扱いに差を付けられて妬いているのかも知れない。
確かに、周りからの「愛情」は歌陽子に、「期待」は宙により強く注がれて来た。
それに対し、歌陽子は歌陽子で自分の足で歩けるところを見せたかったし、宙にしてももっと無条件の愛が注いで貰いたかったとしても不思議はない。
しかし、まだ精神的に幼い宙がそれに気づいているかどうかは分からない。

「あのさ、ねえちゃん。ここのところ、ずっと遅くまで何やってんの?」

(ロボットコンテストのことね。)

「別にい、そう、デートよ、そう言うことにしといて。」

あえて、歌陽子ははぐらかした。

「でも、なんでねえちゃん、ちょっと油臭いの?」

少しギョッとした歌陽子は、自分の髪の匂いを嗅いだ。だが、愛用の高級シャンプーの匂いしかしない。

「わかりやすいなあ。もう白状したようなもんでしょ。」

「そう言う会社なの。当たり前でしょ。」

「違うね。前はそんなに臭わなかったし。」

確かに、前と比べて作業場に入り浸る頻度が増えている。きっと、そのことを言っているのだろう。

「あのさ、ねえちゃん。俺が毎日コンピュータに向かってネットゲームしかしていないように思ってない?」

「別に、そんなことはないわよ。」

(と言うか、子供がコンピュータで他にすること思いつかないし・・・。)

「まあ、ねえちゃん程度の頭なら仕方ないけどさ。」

(いつもながら、わざわざ腹の立つような言い方しなくてもいいのに!)

「俺、実は幾つもネットの技術コミュニティに参加してるんだよね。そこにさ、アメリカでCGクリエイターをやってる日本人がいてさ、いつも自慢げに自分の手がけた作品の話をするんだよね。」

(それまさか・・・。)

「ところが、そいつ、最近日本でとある大財閥の委託を受けて、最先端のロボット開発のプログラミングメンバーに参加してるって書いてるけど、これ、ねえちゃん関係してるだろ?」

「・・・なんで?国の話かも知れないでしょ?」

そこで、宙はわざとらしくニヤリとして続けた。

「でもさあ、そいつ、プロジェクトリーダーのことボロクソなんだよ。財閥のお嬢様で、ど素人のくせして、やる気だけは人一倍って。」

(やっばり、タイゾー、アイツう!)

「あと、自分は金持ちの癖に、すごいケチでいつも安物を着て歩き回っているから、却って痛々しいってさ。」

(今度あったら、とっちめてやるう!)

「さあ、どこのお嬢様かしらね。」

敢えてそらっとぼける歌陽子であった。

「でも、もう全部顔にでてたよ。」

思わず両の頰を手で挟む仕草をする歌陽子。

しかし、開き直ってこう言い返した。

「そうよ、最先端は大袈裟だけど、お父様の仕事なの。」

「ふうん、でもそんな入社一年にもならない新人が、CGクリエイターまで雇ってロボット開発なんて、普通ないでしょ。」

「だけど、でも優秀な技術者の皆さんもいるし。」

しかし、宙はズバリと斬り込んできた。

「ねえちゃんさあ、今の会社、父さんから貰うつもり?」

「そんなだいそれたこと考える訳ないでしょ!」

これは正直な歌陽子の気持ち。

「じゃあ、かわりに俺が貰ってもいいね?」

(え?何言ってんの?)

(#44に続く)