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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#42

(写真:サニーハウス)

宙(そら)

宙は、歌陽子(かよこ)の6歳歳下の弟だった。
今は中学二年の14歳である。
しかし、この宙は、東大寺家ではかなりの持て余しものだった。
もちろん、両親は最近の歌陽子も多少持て余していたが、宙の場合はその程度が甚だしかった。
宙は、一言で言えば生まれつきの神童であった。
幼い頃から、一を聞いて十を悟るところがあって、少なからず両親を驚かせていた。
一方、歌陽子はと言えば、いかにも凡庸、学業は中の中、運動は音痴、手先は不器用。多少容姿に恵まれている点と、愛想が良くて素直な点を除けば、これと言って取り柄はなかった。両親は落胆しながらも、「女の子だから、別の道もあるさ」と早々に諦めていた。
対して、宙の非凡さは両親に東大寺家の次期当主を期待させるに十分であった。

ただ、過ぎたるは及ばざるが如しと言われる通り、宙の非凡さは、学年が上がるにつれ周りとの軋轢を生み始めた。
例えば、一を問えば十を返す空の聡明さは教師を混乱させた。宙の通う、上流階級の子女ばかりの私立学校でも一応文科相の指導要綱にしたがっている。当然、教師もそれに順じて授業を進めることになるが、宙には教師の問いに対していくつも答えを思いつくのだ。
しかも、それを「〜の場合は〜で、〜の場合は〜で、〜の場合は〜が適切だと思います」と賢しく条件別に整理して答えるものだから、指導要綱に基づいた授業の進行は混乱し、他の生徒はもっと混乱した。
東大寺家の長男と言うこともあり、対応に苦慮した教師は学校長に相談をした。
学校長もそれを重く見て、保護者である母の志鶴を訪問し、宙について学校側の立場を打ち明けた。
一私立学校と東大寺家、その力関係は歴然であったが、志鶴とて学校の立場を汲み取るには十分過ぎる聡明さを備えていた。
そこで、夫克徳にも相談の上、学校での集団行動の規律を重んじて、極力教師に合わせるよう宙にこんこんと諭した。
おそらく宙には日本の教育制度は合わないのだろう、両親はそこまで分かってはいたが、だからと言って海外に留学させるとか、帰国子女や在日外国人のための学校に通わせる選択肢はなかった。
一つには、東大寺家の跡取りには和を重んじる日本の感覚を身につけて、いずれリーダーシップを発揮して貰いたいと願っていたからである。

聡い宙は母親の意図を瞬時に理解した。
そこで、授業でも教師の期待する答えを読み取ってピンポイントで答えられるよう自分を訓練をした。
その甲斐あって、小学校、中学校と群を抜く優秀な成績を収めた。
だが、それは彼の能力を十二分に発揮してではなく、むしろ頭を押さえられて出た結果であった。
十分に能力を発揮できずに不満を抱えた気持ちは何年もかけて彼の中に鬱積して行った。
そして、中学一年の夏休み中にその気持ちが爆発した。
夏休みに彼は過分過ぎる程の小遣いで、自室をちょっとした企業の情報室のようにした。
そこに夏休み中こもるようになった彼を、それでも打ち込めるものを見つけたのだから、と志鶴はむしろ前向きに評価した。
しかし、夏休みが終わっても彼はそこから出ようとはしなかった。
一応、世に言うひきこもりとは違い、家族とは普通に接するものの、学校を含めた外界との交渉は一切拒絶した。

彼に言わせれば、「戦略的不登校」と言うことらしかった。
だから、宙に不登校であることの負い目はない。どんどんインターネットで情報交流をし、またコンピューターの知識をつけ、自分の世界を広げていた。
もちろん、父親の克徳や母親の志鶴は、説得を試みた。しかし、宙の「学校に行くとバカがうつる」の一言に自分たちがとんでもないものを生み出したことを思い知らされ、なかば呆れて説得を断念した。
頭は良くても、所詮心は幼いままなのだ。
そして、彼をよく知るカウンセラーの「やがて時間が解決する」と言う言葉を信じてほっておくことにした。

宙は姉の歌陽子を、ひそかな同士に感じていた。
と言うのも、凡庸で親の言う通りなんでも順っている姉、実は父克徳が何の期待もしていないことを知っている。また、自分の不登校で父親を失望させたことを知っていたので、ともにダメな姉と弟同士。
さらに、昨年から急に姉が父親の意向に逆らうようになったのも小気味好く感じていた。
頭の出来はまるで違うが、やはり似た者同士、ひそかな連帯感があった。
しかし、父親の中で凡庸なはずの姉の評価が急に上がっている。歌陽子のいないところで、志鶴に対して「よくやっている」と褒めることもあった。
自分で好き勝手しながら、宙は心ならず姉に対して置き去られ感を感じ始めていた。
そして、今朝の一件のように姉の行動を監視し、おりがあれば歌陽子に不利な状況をつくるくらい平気でするようになった。
しかし、当の歌陽子はそんな弟の暗い情念をまだ知らない。

(#43に続く)