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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#38

(写真:落日燃ゆ その2)

暁光

「カーッ、うめえ。」

今まで安酒を注いで飲んでいた湯飲みに、無造作に一本10万近くする日本酒を注いで、一気にあおる野田平。

「こんなの今まで飲んだことないぞ。」

「何言ってやがる。前に村なんとかって言うヤツとヘリの中で飲んだだろう。あれも結構したぜ。」

「あれは、洋酒だろ、これは日本酒だ。」

「それもこれも、嬢ちゃんあってこそだ。感謝するんだな。」

「そうだな・・・って言うか、腹立ってきたぜ。そうだろ!カヨみたいなノータリンでも、ちょっと間違って金持ちに生まれたら、毎日こんなうまい酒が飲めるんだぜ。」

「おい、のでえら、あんまり嬢ちゃんに絡むな。」

「あの、私、実はお酒は全くダメで・・・。」

そう言って力なく愛想笑いをする歌陽子(かよこ)。

「ダーハッハッハッハ、そりゃ傑作だぜ。いや、そうじゃなくちゃならねえ。世の中よくできてやがる。」

そうバカ笑いをしながら、野田平は歌陽子の背中をバンバン叩いた。

「い、痛い、痛い!」

「目の前に酒がたんまりあるのに、それが飲めねえんだぜ。それじゃ、無いもおんなじだよなあ。」

その時、壁際から日登美の声がした。

「ふわあ、人生そんなものかも知れませんね。」

(日登美さん、いたんだ。
あんまり、静かだから居ないのかと思った。)

「もう少し寝てればいいじゃねえか。」

「いや、騒がしくてオチオチと寝ていられなくなりましたよ。」

「こんばんわ、日登美先生。」

「やあ、ツキヨちゃん。また会えたね。」

「先生の言うことはいつも深いね。」

「別にそんな特別なことじゃないですよ。
そうだなあ。こんな話を知ってますか?
あるところに村はずれに金塊を隠し持っていた男がいたって話。」

「さあ。」

「その男は昼間は仕事をして、夕方に村はずれまで出かけては、金塊のあることを確かめて安心していたんです。
だけど、あまり毎日出かけるものだから、盗人が怪しんでコッソリ後をつけたんですね。」

「うわあ、取られちゃうよね。」

「そう、取られたんです。
次の日の夕方、男は金塊の隠してある場所に行ってビックリ、金塊は盗人によって持ち去られていました。
『誰だあ!盗んだのは!』
大騒ぎして村中を駆け回る男に村人の一人が言った言葉が実に気が利いています。」

「何て?」

「村人は男にこう言いました。
『持っていても使わない金塊なら、ないのと同じじゃないか。最初からなかったと思ったらどうだ』って。」

「うわあ、深い。
だよね、私のお客さんなんかでもすごいお金持ちが来るけど、なんか仕方なくお金を使ってる人もいるもん。お金ってさあ、稼ぐのも難しいけど、使うのもとっても難しいと思うんだ。
持って苦労しているだけで一生終わる人もいるもんね。」

「まあ、ものやお金は生かしてこそって話です。だけど、なかなか生かし方が分からずに困っている人ばかりです。」

「カヨ、お前もいい酒に囲まれてるんだったら、飲み方くらい覚えなきゃもったいねえ。」

そう言って、野田平は歌陽子に無理やり話をこじつけて振ってきた。そして、度数の高そうな高級酒を湯飲みに注いで、

「さあ、飲んでみろ」と歌陽子の目の前にグイッと突きつけた。

「い、いや私は。」

夜のうちに帰りたい歌陽子はなんとか断ろうと湯飲みを押し返す仕草をした。

ところが、

「ああ、めんどくせえ」

と言うや、いきなり野田平は歌陽子の鼻をつまんだ。
目を白黒させながら反射的に口を開けてしまったところに、湯飲みの酒を注がれた。

「もったいねえことすんなよ。」

顎を野田平の肉厚の掌底で押し込まれ、なす術なく喉に火のような酒を流し込まれてしまった。

「ごくん・・、ひっく・・・。」

歌陽子はしゃっくりをすると同時にぺったりと座りこんだ。

「お、おい、嬢ちゃん。のでえら、やりすぎだぜ。」

やがて、ガクリと前のめりに倒れると、前後不覚に眠りこんだ。

「ああ、どうすんだこれ。」

「たった一杯だぞ、だらしねえなあ。」

そして、野田平は喧騒から少し距離を置いて傍観していた安希子に声をかけた。

「おい、メーコ。」

「私ですか?」

安希子は野田平からメーコと呼ばれてムッとしたようだった。

「そうだよ。」

「私は安希子ですが。」

「めんどくせえから、メイドの安希子でメーコだ。」

「私はメイドではありません。」

「やかましい。あのな、それより、この下戸女、絶対に一人で合コンとか行かすなよ。酒一杯で簡単にお持ち帰りされちまわあ。」

「そんなこと、知ったことではありません。」

「おい、おめえ、ホントにメイドか?少しはご主人の心配とかしろよ。」

「私は断じてメイドではありません。」

「もう、いいや。メーコも一杯付き合え。これから、ツキヨの一年分の愚痴を聞いてやるからよ。」

・・・

それから、数時間後。

酒気がスッカリ抜けた歌陽子は、小さくくしゃみをして意識を取り戻した。

「クシュン!」

そして、場の雰囲気がスッカリ変わっているのに気がついた。

あんなに畳に座るのを嫌がっていた安希子が真ん中に陣取り、そこを中心に野田平、前田町、ツキヨの三人が車座になっていた。
日登美だけは、我関せずと言った体で輪から外れて背中を向けて寝ている。
見ると、野田平、前田町、ツキヨの三人はウンザリが極限に達した顔をしていた。
対する安希子はスッカリ目が座って、さっきから三人に向かって何かをブツブツ言っている。

歌陽子が目を覚ましたのに気がついたツキヨは、こっそり手招きした。
それで近くまで来た歌陽子の耳に口を寄せて、

「ねえ、あの人早く連れて帰ってよ。」と言った。

「とうしたんですか?何があったの?」

「冗談じゃないわよ。最初、私が前田パパに愚痴を聞いて貰っていたの。その間、野田ちゃんが、あの人にしきりにお酒を勧めてたのよ。最初はさ、『私、仕事中なので』とか言って断わっていたのよ。でも、あまり勧められるから、つい一口だけってことになったの。そうしたら、急にペースが上がって、たちまち一本飲み干したのよ。それでね・・・。」

「こらあ、そこ何話してる!ちゃんと私の話を聞け!」

「・・・って感じなのよ。私の愚痴を聞いて貰うはずが、いつの間にか割り込んで来て、あの人の愚痴が始まってさあ。それから何時間もよ。」

「あの、どんなこと言ってました?」

「あ、聞かない方がいいわ。特にあんたはボロクソだったもん。」

思わず走る悪寒に、肩をすくめる歌陽子。

ふと、時計を見ると朝6時をかなり過ぎている。

まずい、早く帰らなきゃ。
新年の朝は、家族揃ってないと凄く怒られる。幸いお酒も抜けてるし、すぐに帰ればまだ間に合う。

「さ、安希子さん、帰りますよ。」

歌陽子は、安希子の腕を引っ張った。

「うるさあ〜い、ノータリン。」

安希子は歌陽子の腕を振り払った。

うわあ、女版ノダイラが出来上がっている。
しかし、歌陽子は安希子の前に回ると、真っ直ぐ目を見つめて殺し文句を口にした。

「早く帰らないと、お母様に・・・バレてよ。」

「奥様。」

一瞬、ピリッとした安希子だったが、今度は泣きながらただをこねだした。

「やだあ、こんな酔っ払っているところバレたら余計怒られる。」

「大丈夫です。すぐ帰ってシャワーを浴びればバレません。」

「そうかな・・・。」

まるで歌陽子の母親の志鶴を中心に世界が回っているような安希子は、歌陽子に手を引かれて立ち上がった。

「じゃあ、みなさん、三が日はちゃんと休んでくださいね。」

歌陽子は、みんなにそう言って会社を離れた。
その時、ちょうど新年の暁光が歌陽子たちを朱に染めた。
さて、今年はどんな年になるかしら。

一方、残された野田平、前田町、ツキヨは、安希子から解放された安堵でひっくり返っていた。

「ああ、助かった。」

「全くとんでもねえ、ねえちゃんだ。」

「鍵かけて閉じ込めておきやがれ。」

(#39に続く)