今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#36

(写真:グリーンラッシュ)

前田パパ

「あ、あの・・・この会社に誰か知っている人がいるんですか?」

もう、年も変わろうとするこの時間、突如開発部技術第5課のある別館の前に現れた、キャバ嬢そのまんまの女性。若い女子二人に悪びれる様子なく、こう告げた。

「うふふ、あのね。わたしのパパがいるの。」

パ、パパって・・・。

「パパって、パトロンのことですか?」

急に安希子が話に割って入った。
こう言う下世話な話は好物らしい。

「歌陽子お嬢様、パトロンですって!なんて破廉恥な会社に勤めてるんですか?」

「しっ!」

「あんたたち、聞こえてるわよ。」

そう言って、キャバ嬢は軽く睨んだ。

ああ、どうか、あの人たちじゃありませんように。

それで、恐る恐る歌陽子が口を開こうとしたその時、先に安希子がズバッと聞いた。

「今、中にいるのは、年寄りが三人だけですよ。その人たちに用事があるんですか?」

「そう、そう、その人たち!」

ああ、ヤッパリ。

歌陽子の嫌な予想は的中した。
しかし、ここは勇気を奮ってどうしても確かめずにはいられない。
だって、仮にも会社内のことであるし、あの三人については歌陽子に監督責任があるのだ。

「あのお・・・、そのパパって具体的に誰ですか?」

あわよくば、そのパパを呼び出して、乱行に及ぶのは会社の外にして貰いたい。

「え・・・っ、それは・・・、あの人!」

クルリと身体の向きを変えて、別館入り口を指差した。

そこには、扉を内側から開いてのぞいた、酩酊した赤ら顔の前田町。

「ま・・・。」と言ったきり固まる歌陽子。

パシャと音をさせる安希子。

「こら、何写真撮ってんのよ。」

キャバ嬢の声に驚いて安希子の方を見ると、彼女はスマホで何かを打ち込んでいる。

「ちょ、ちょっと、安希子さん。何やってるんですか!」

「すぐ奥様に写メします。お嬢様が働いているのは、こんな破廉恥な環境です!って。」

「や、やめてください。そんなことされたら、当分外出禁止になります。」

安希子の企みをなんとか阻止しようと歌陽子は、彼女の腕をつかまえてメールを打たせないように抵抗した。

「は、離してください!これは私の大事な仕事なんです。お嬢様を監視しなくてはならないんです!」

「だから、まだ未遂でしょ。本当にそんなことしたら、写メでも何でもしたらいいじゃない。」

「は、離して!暴力雇い人!パワハラで訴えますよ!」

安希子の金切り声に、それまで黙って聞いていた前田町のゲンコが飛んだ。

歌陽子と安希子に一発ずつ。

「く〜・・・っ。」

「いたあい、このエロオヤジ!」

「おめえら、うるせえ!こんな時間に近所迷惑だ!」

しかし、強面の前田町に、キャバ嬢は甘い声を出して抱きつこうとした。

「パパァ〜。」

「ちょ、ちょっと待てよ、ツキヨ。今、この娘らに帰って貰うからな。それからでいいだろ?な?」

せっかく仕事を頑張っていると思って、こんな時間に差し入れを持ってきたのに・・・何なの、これ!
歌陽子は無性に腹が立ってきた。

「前田町さん、私はあなたの上司としてハッキリ言います。仮にも事務所の中ではおかしなことはやめてください!やるなら、どっか他にして!」

しかし、何を子犬がキャンキャンと、と言わんばかりにツキヨと呼ばれた女性が言い返した。

「バァカ、何言ってんの、私はね、前田のパパには散々抱かれてきた仲なんだから!赤の他人のあんたが口出さないでよね。」

「く・・・っ。」

「こら、ツキヨ、泣かすんじゃねえよ。この嬢ちゃんはこう言うのに全く耐性がねえんだからよ。」

「じゃあ、ガキは黙ってろっての。」

「はあ・・・嬢ちゃん、すまねえ。実はな・・・。」

「ま、前田町さん・・・あの、あなたたちは本当にそう言う仲なんですか?」

「そう言う仲ってなんだよ?」

「だから、散々抱かれたって言うか、他人じゃないって言うか・・・もう!言わせないで下さい!」

「忙しい嬢ちゃんだなあ。泣くか怒るか、どっち泣くかにしろい。まあ、そのなんだ、20年以上前の話だ、散々抱いたのは。」

「それって、まだ小学生の頃じゃないですか?」

「ああ、そりゃそうだ、なんせ、ツキヨは俺の実の娘だからよお。」

抱かれたって、そのまんまなの。

「だから、他人じゃないって言ったろ、バァカ。」

ツキヨはペロリと舌をだした。
そして、歌陽子の顔はみるみるうちに恥ずかしさで真っ赤になった。

「私はわかってましたよ。不純なことを考えていたのは、お嬢様だけですね。」

と、調子の良い安希子。

だいたい、破廉恥とか騒ぎ出したのはあなたでしょ!
でも、でも、でも・・・

「ややこしい言い方、しないでください!」

歌陽子は、泣いて真っ赤になった鼻のまま怒りだした。

パシャ。

「え・・・っ、安希子さん、何を撮ってるんですか!消去して下さい!」

「やですよ、私の変顔コレクションだもん。」

「あんた悪だねえ。」

別館前で小競り合いをしているうちに、晦日の夜は更け、いつの間にか除夜の鐘が低く鳴り響いていた。

ゴーン。

(#37に続く)