成長とは、考え方×情熱×能力#35
キャバ嬢
歌陽子(かよこ)は、新年の準備に作ってあったおせちを厨房で詰めて貰い、日本酒も何本か抱えて出かけようとした。
玄関近くにある母親のリビングの前を通る時、遅くに荷物を抱えて出かけようとする娘を母の志鶴は見とがめた。
歌陽子は、母親のことを旧家の出だと聞いていた。ただ、母方の祖父母に会う時も、そんなに特別な人たちとは思えない。
祖父は会社役員を務めていたが、50人程度の中小企業だし、祖母もその辺にいる普通のおばあさんと言う感じだった。
そもそも父親との馴れ初めは20数年前、グループの末端の研究機関に来ていたインターンだったと言うから、普通のリケジョだっかも知れないし、ひょっとしたら、口うるさい親族を納得させるために、何十代前の家系図からこじつけて旧家の出にしたのかも知れない。いずれにしろ、詳しいことは聞かされていないし、また聞いても教えてはくれなかった。
しかし、志鶴という古風な名前とあいまって、家風にすっかり馴染んでいる彼女を誰もが東大寺の嫁と認めていた。
ただ、娘の歌陽子が庶民的な感覚を持っているのは、母親の出自と関係しているのかも知れない。
「歌陽子、どうしたの、こんな夜更けに、そんなに着込んで?それに、なんですか、その荷物は?」
「お母様、その、ちょっと仕事で。」
「仕事って、もう年が変わるじゃないの?」
「ですけど、みんな頑張ってくれてますし、少し陣中見舞いと言うか。」
「お父様からは聞いていますけど・・・。それにしてもお友達はまだ学業に専念していると言うのに、どうしてあなただけ人と違うことをしたがるのかしら。」
「お母様、それはまたうががいます。」
「ちょっと、待ちなさい。誰かを付き添わせるから。」
「え、それは・・・。」
「そうだ、安希子さん、ちょうど良かった。今日は泊まりでしょ。歌陽子について行って頂戴。」
そこを通りかかったハウスキーパーの安希子、実は歌陽子の大の苦手。
この間、フェラーリを引き取って貰ったときも、さんざん嫌味を言われた。
しかし、安希子は志鶴の前ではそんなところをおくびにも出さない。
「はい、畏まりました、奥様。」と丁重に承って、歌陽子が手に持った荷物を引き受けた。
「気をつけるのよ。」
「はい。」
「行って参ります。」
志鶴と挨拶を交わして、二人は玄関を出た。
「いいこと、用事が済んだらすぐ帰るのよ。」
もう一度志鶴の念押しが飛んできた。
そして、歌陽子と安希子はガレージを開け、通勤用の白いポルシェに乗り込んだ。
ヘッドライトに先導され、一路東大寺邸から三葉ロボテクへ夜の道を辿る。
「お嬢様。」
助手席で向こうに顔を向けながら、低い声で安希子が言う。
「な、なんですか?」
また、いつもの嫌味が始まるのかと身構える歌陽子。
こちらを向いてニッと笑う安希子。
この状況では逃げられない。
「わたしね、今日見たいテレビがあったんですよ。なのに、どうしてくれるんですか?」
「そ、それは録画とかしてないんですか?」
「年越しの特別ライブですよ。わたしの大切なアイドルグループの。そんなの録画で見たら台無しじゃないですか。」
「そ、そんなあ。そんなこと言われても。」
「埋め合わせしてください!」
「じ、じゃあ、そこで止めますから、好きなところで好きなもの見てきてください。」
「ダ・メ・デ・ス!わたしはお嬢様の監視で特別手当を頂くんです。なのに、サボって遊んでいるわけには参りません。」
もう、どっちなのよ〜。
この人、単に私をイビルのが楽しいだけじゃないの?
「だいたい、歌陽子お嬢様は、男の人とか興味ないんですか?」
「私、ずっと女子校だったから。」
「だからですよね。いつまで経ってもおぼこいのは。」
「別にいいじゃないですか。私は私です。」
「そうそう、いるんですよね。実は、コンプレックスの固まりで、男の人に怖くて近づけない、一生生娘のままみたいな、イタイ人。」
「もう!私普通に男の人と働いています。」
「あっはっは!知ってますよ。みんな定年間近のおじいちゃんばかりでしょ。そりゃ、旦那様が安心して通わせる訳ですよね。」
見てらっしゃい。あの人たちに会って、そんなこと言っていられるかしら。
そうこうしているうちに、ポルシェは三葉ロボテクの駐車場に着いた。
口は悪いが、一応ハウスキーパーの仕事はきっちりする安希子は、歌陽子に荷物を持たせるようなことはしない。
それどころか、荷物を抱えながら大股でどんどん先に行く。
「お嬢様、遅おい!」
「すいませ〜ん。」
少し小走りになってついていく歌陽子。
そして、開発部技術第5課の入っている別館に近づいた時、建物の前に誰か佇んでいるのに気がついた。
その人影は、二人に気がつくと向こうから声をかけてきた。
「あのお、あなたたち、ここの人?閉まっていて開かないのよ。早く開けて頂戴。寒くて凍えちゃう。」
そう言う相手を歌陽子は二度見した。
毛皮の下のミニスカートから網タイツの足がのぞいている。長い付けまつげと濃い口紅、そしてプンと鼻をつく香水。
明らかにアラサーのキャバ嬢だ。
まさか、あの人たちデリバリーでも頼んだの?
(#36に続く)