成長とは、考え方×情熱×能力#34
晦日
日登美泰造がチームに加わってから2ヶ月足らず、紆余曲折を経ながらも、歌陽子(かよこ)のプロジェクトはかなり形になりつつあった。
ロボット製作は、外装とパーツの組み立ては野田平が担当し、アクチュエーターの制御と電源周りは前田町、そして電気制御は日登美の担当だった。
ロボットをどのように動かすかのシナリオ製作は歌陽子の、そしてそのシナリオ通りにプログラミングするのは泰造の仕事だった。
しかし、毎日の業務もこなしながら、ロボットコンテストに向けての準備である。
他にやることのない泰造は良いとして、追い込みのこの時期、歌陽子と三人の技術者は連日夜遅くまで仕事場に詰めることが多かった。
それで、少し気が立ってきた三人をとりまとめるのに、かなり神経を使っている歌陽子、
「年末年始くらいはキチンと休みましょう」と提案した。
だが、言い出しっぺのくせに責任がないとか、やる気が感じられないとか散々なじられて、仕方なく大晦日の日も出社していた。
シナリオはおおまかなところさえ決まれば、あとは勝手にやれとばかり、三人の技術者たちは自分の担当に没頭した。
自分一人でシナリオを進められない歌陽子は、泰造がいなければ完全に手持ち無沙汰になった。
しかし、ポーッとしていると三人の誰かが目ざとく見つけて怒るので、歌陽子はコーヒーの給仕をしたり、買い出しをしたり、とにかく忙しく動くための用事を作るのに必死だった。
「カヨお。」
あ、野田平さんが呼んでる。
また、肩が凝ったから揉めとか、口さみしいから何か買ってこいとでも言うのだろうか。
「はい。」
大きく返事を返して席を立った歌陽子の目に、扉の陰の泰造の姿が映った。
「カヨお。」
口に手を当てて器用に野田平の真似をしている。
「泰造さん、やめてくださいよ。また、野田平さんに呼ばれたかと思うじゃないですか?」
「よお、カヨちゃん。世の中はもうとっくに仕事納めだって言うのに、ご苦労なことだね。」
「泰造さんこそ、どうして来たんですか?」
「別にい、マンションに居てもやることないしな。」
「昔の友達とかいるでしょうに。」
「いやあ、アイツラにはアイツラの世界があるからさ。家族のところか、会社の同僚と一緒とか、恋人とデートをしているとか。俺みたいな根無し草には用事はないんだろうさ。」
「じゃあ、やっぱりお父さんと一緒にいたいんだ。」
「あの、殴っていい?」
「キャ!」
拳を振り上げた泰造に、歌陽子は頭を両手で覆ってガードしようとした。
「あ、メール。オヤジからだ。『遊んでいるなら手伝いなさい』だとさ。
くそ、『今日は非番だ、干渉するな』と、返信!」
「どうして、近くにいるのに、直接会話しないんですか?この間は、隣で肩を並べてメールでコミュニケーションしてましたよね。
パラメータがどうとか、返り値の仕様を寄越せとか。」
「うるさいよ、俺ら断絶中だって言ったろう。」
「へんなの。お互いの携帯覗きあって、メール来る前に返信書いてたじゃないですか?」
「うるせえ、バカメガネ。」
「バ・・・。」
歌陽子が何かを言い返そうと思う前に、彼女の携帯にメールが届いた。
「あ、お母様。えっ?そっか、今日はグループの役員会の納会だった。忘れてたあ。
ごめんなさい。
もう、帰ります。」
泰造や、前田町たちへの挨拶もそこそこに歌陽子はバタバタと事務所を飛び出して行った。
そこへ、野田平が作業場から姿を現した。
「カヨお、カヨお、あれ、いねえのか?どこに行きやがった?」
「あ、野田平のオジさん。」
「泰造か、カヨはどうした?」
「えっと、家の用事で帰りました。」
「ちっ、しょうがねえなあ、役立たずが。」
・・・
その日の夜。
東大寺グループの役員の接待から解放された歌陽子は、自宅で正装を着替えていた。
「そう言えば、みんなどうしたかなあ。」
気になって歌陽子は泰造に電話した。
トゥルルルルル。
ガチャ。
「あ、カヨちゃん?」
「泰造さん、あの、今みんな解散しましたか?」
「さあ、まだいるんじゃない?」
「そうなんですか?」
「だって、『今晩は年越しだあ』って、前田のオジさんが気勢をあげてたからさ。それで俺、酒やサカナの買い出しをやらされたんだから。」
「じゃ、まだ泰造さんは会社ですか?」
「へへっ、隙みて逃げて来ちゃった。」
「そうですか。私、行った方がいいかな?」
「やめとけ、やめとけ。酒のサカナにされて食われちまうぞ。」
「でも。」
「カヨちゃん、どれだけ根が真面目なのよ。」
「やっばり、一度だけ顔をだします。」
時刻はもう大晦日の夜11時を過ぎていた。
(#35に続く)