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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#33

(写真:空の足あと)

チームビルド

「た、泰造さん!」

日登美父に殴り倒されて、椅子の後ろに吹き飛んだ泰造に、歌陽子(かよこ)は思わず駆け寄った。

「だ・・・大丈夫ですか?」

衝撃を受けた顔面を両手で覆った泰造は、しばらく動かなかったが 、歌陽子に声をかけられてそろそろと身を起こした。
そして、右手で殴られたところをさすりながら受けたダメージを確かめようとした。

泰造の右頰は赤く腫れてはいたが、大した怪我はなさそうなので歌陽子は安堵した。

「オヤジ、てえめえ!」

父親に殴られた泰造は、顔を紅潮させ、歯をむき出し、明らかに凶暴な顔つきをした。

これが、泰造のもう一つの顔なのか。
歌陽子は身震いする思いがした。
軽口は叩くものの、童顔で父親譲りのソフトな人当たりで、どうしようもないワルだった過去を聞かされてもそんな怖い人物とは思えなかった。
だから、歌陽子も深く考えずに軽い気持ちで泰造の誘いに乗ることができたのだ。

対する日登美父は、柔和な表情を潜め、鉄のような冷たい顔つきをしていた。
それは、まるで大きな鉄の壁のように見えた。

と、止めなきゃ。

すっかり歌陽子は気を飲まれながら、それでも必死にそう思った。

「た、泰造さん、やめましょ。お願いします。」

そう必死に泰造の腕を抑えようとする歌陽子を、しかし、

「どけ!カヨコ!」と、泰造は煩わしそうに振り払った。

それを見ながら、日登美父は、

「お前には女性と付き合う資格はない」と低い声で言った。

「そう言う甘っちょろい話は、後にしようぜ」とまた拳を固めて、状態を低くする泰造。歯をギュッと食いしばって、目を爛々と怒らせて父親を睨んだ。

対する日登美は、両手を白衣のポケットに突っ込んで戦意を感じられない姿を晒していた。
それが、どうとでもしろと投げやりなようにも、やれるもんならやってみろと挑戦的ようにも泰造には思えた。

「舐めやがって。ボコスコにしてやるよ。」

呻くように、絞り出すように言った泰造は、また腰をためて父親に殴りかかった。

だが、

パン!パン!パン!と、

空気が炸裂する音がした。
そのたびに、泰造は後ろにのけぞっていた。

「私はプロだと言ったでしょう。学ばないね、お前は。」

少し呼吸を乱した泰造は、腕で右まぶたの上を拭う仕草をした。
まぶたが切れて血が流れている。
それを乱暴に拭い取った血の跡が尾をひく。

「こ、このやろ。ただじゃおかねえ。」

もう、一度拳を固めて腰を落とした泰造の前に、歌陽子が身体を割り込ませた。
よせばいいのに、怖さにギュッと目を閉じて、

「もう、やめてください。二人がバラバラになります。」と悲鳴のように叫んだ。

「歌陽子さん・・・。」

ポツリと日登美父が漏らす。

「全部、全部、私のせいですから。だから、だから・・・ごめんなさい。もう、これ以上仲が悪くならないで。」

泣き虫の歌陽子が、しかし泣いてはいなかった。顔を泰造以上に真っ赤に染めて、ただ必死に叫んでいた。

「むかしの歌かよ!どけい、お前ごと殴り倒すぞ。」

「いやだ!」

そう感情を吐き出して、歌陽子は泰造の胸に組みついた。

「は・・・。」

想定外の歌陽子の行動に戸惑った泰造は、一瞬怯みながらも、

「離せ!バカヤロウ!」と怒鳴る。

身体を揺すって振り払おうとするが、必死に組みついてくる歌陽子は簡単には離れない。
思い余って、歌陽子の顔に手を当てて直接引き剥がそうとした。
閉じた目からメガネが上にずれ、頰を潰された完全なブス顔になりながら、それでも歌陽子は決して離れない。

「いやだ!いやだ!」を繰り返し、必死のブス顔で抵抗する歌陽子に、彼女の顔をわしづかみにして引き剥がそうとする泰造。
緊縛した空気が少し滑稽なものになりかけた時、

泰造の力がふっと抜けた。

「やあめた。馬鹿馬鹿しい。」

「泰造。」

「あ・・・泰造さん。」

「もうやらないよ。だから離せよ。」

「本当ですか?」

「ああ、お前・・・ブスだな。」

「へ?」

「何がへ?だよ。お前、本当にいいとこのお嬢さんか?お前のさあ、その変な顔見てたら、力が抜けちまったよ。」

それで、ようやく歌陽子も力を抜いて泰造を解放した。

「じゃあな。」

「泰造。」

「泰造さん。」

「また、くるわ。」

「え?」

泰造は、出口に向けた身体を顔だけ歌陽子に向け、

「一度だけだぞ。一生一度だけ、後にも先にも一度きりだ。お前に協力してやるよ。」

「い、いいんですか?」

全く予期しなかった展開に驚く歌陽子に泰造はさらに言葉をついだ。

「だってしょうがないだろ。お前、バカなんだし、泣き虫で、誰かが助けてやらないとまたヤバイことになるからさ。」

「有難うございます!」

嬉しさに顔を上気させ、また飛びつきそうな歌陽子を手で牽制しながら、

「たく、なんで俺なんだよ。お前なら金を積めばいくらでも腕のいいやつが雇えるだろうに。」

「あなたが良かったんです。最初会った時からそうでした。」

そして、今歌陽子のチームビルドは完了したのだった。

(#34に続く)