成長とは、考え方×情熱×能力#32
モノサシ
「嫌い・・・ですか。」
日登美はポツリと呟いた。
「・・・。」
また、無言に戻る泰造。
「その感情は、本当は私に向いたものではないんですか?」
クルリと父親と向き合った泰造は、
「あのお嬢様の約束を破ると、アイツラがうるさいから、俺もうアメリカに帰るわ。それで、当分帰らない。何十年後かには、親父の墓にいっぺんくらい手を合わせるかもな。」
悲しげに目を伏せた日登美は言った。
「お前の友達は家庭を持ったり、立派な仕事をしていたり、それなりに成長していると言うのに、お前は10年前のままなのですね。」
それに、明らかに顔に不満の色を表しながら泰造は言い返した。
「アイツラのどこが、そんなに偉いよ!俺は単身アメリカで自分の道を切り開いて、今やトップクラスのCGアニメーターの仲間入りをしているんだ。今度日本に帰って来てからも、もう2件取材のオファーを受けているんだぜ。アイツラの中にそこまで偉くなったヤツがいるのかよ。どいつも、ウンザリするくらいこの町と、ちんけな生活にしがみついているだけじゃないか。」
「それは、お前がたまたま有名スタジオに在籍しているからでしょ。もし、スタジオが作風を変えて、今までのようなCG作品にお金をかけなくなったら、お前はそれでもトップCGアニメーターと自分のことを誇れますか?
それに、取材は日本での話でしょう。若干26、7の日本人がアメリカの有名作品に参加している、そのトピック性に飛びついているに過ぎません。
現にアメリカでインタビューを受けたことがありますか?」
「・・・。」
「お前が語っているのは、人間が都合よく作ったモノサシの話に過ぎません。
珍しくて騒がれているうちは評価して貰えますが、ちょっと風向きが変われば見向きもして貰えなくなる。その程度のものです。
そんなことは、アメリカで散々見て来たでしょう。
それに歌陽子さんのモノサシはお前よりはるかに大きいのですよ。でも、それでは人生の真実がいくらも測れないことに気がついて自分から捨てたんです。
あの子は、いままで大切に育てられてきたから、世間知らずですし、何の力も、技術もありません。不器用で、何か一つまともにしようと思うたびに泥だらけで傷だらけになります。
でもね、これだけは言えます。
あの子の武器は、考え方がとてもしっかりしているところです。」
しかし、わざと小馬鹿にしたうすら笑いを浮かべながら泰造は、
「・・・、だから?いくら一生懸命でも、あれじゃダメでしょ?」
「確かに一生懸命ですね。それはお前も一緒です。しかも、非常に優秀だ。
ただ、考え方が欠落している。
いくら、能力と情熱があっても、考え方が間違っていたら、成長はできません。
だけど、歌陽子さんはこの半年間驚くほど成長していますよ。
しっかりとした考え方と、さらに情熱もあって、あとは能力は時間が解決してくれます。
そうしたら、お前は人間としてもあの子には勝てませんよ。」
「ふん、言いたいことはそれだけか?」
ガタッと立ち上がる泰造。
「はい。」
ここで、日登美父はメガネを外して、ポケットのハンカチでキュッキュッと拭きながら言葉を足した。
「それだけです。あとは好きにしなさい。」
「くそ、親父。」
「くそ親父上等。」
「いつも分かったような言い方をしやがって。」
「お前が歌陽子さんを嫌いと言う意味が分かった気がします。なぜなら、あの子はお前の足りないものをいろいろ持っていますからね。だから、勝てない気持ちになって、わざと貶めるようなことばかりするんじゃないですか?
ハッキリ言えば、人を貶めてその分さもしい優越感にひたろうとする人間、私は興味ありません。時間の無駄でした。」
日登美父は、そう言うと、その場を去ろうと立ち上がった。
そして、反対に激昂する泰造。
「があっ!ぶっ殺す、てめえ。」
その時、歌陽子は、二人のことが気になってのぞいていた。
あっ、危ない!
泰造が拳を引いて日登美父に突っかかって行く。だが、次の瞬間、泰造は後ろにのけぞっていた。
何が起こったのか分からず、歌陽子はただ驚くしかなかった。
「まだ負けませんよ。これでも、昔はアメリカでプロでしたから。」
固めた拳を胸に当てて、静かに日登美が言った。
(#33に続く)