今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#29

(写真:明日ありと)

愚息

「歌陽子さん、わが愚息がご迷惑をおかけしました。」

その翌日、会社に出社した歌陽子(かよこ)に、日登美は深々と頭を下げた。

歌陽子は、向こうの前田町の後ろ姿が気になってしょうがない。
昨日の泰造とのデートならぬ、馬鹿騒ぎは三人の誰とも相談せずに一人で出かけて巻き込まれた結果だった。

本当に昨夜はいろいろあり過ぎた。
最高に着飾って、気取って、びっくりして、腰を抜かして、優しくされて、酔っ払って、送って貰って、怒られて、抱きしめられた。
よく寝付けなかったし、睡眠不足だし、お酒も残って、朝起きた時からドッと疲れていた。だから、今朝は会社の近くまで送って貰った。
あと、

「何やってるんですか?お嬢様は!」

と口の悪いハウスキーパーに文句を言われながらフェラーリを受け取りに行って貰った。

「フェラーリを運転できたからいいじゃん」

とでも言い返したら良いと思うが、残念ながら歌陽子はそういう気質ではない。

「えへへ〜、ゴメンね〜。」

と謝るのが彼女流。

朝から気持ちもすり減らして、笑う気力もなかったが、健気にも空元気を装って、あたかも何もなかったように、前田町や野田平に突っ込まれないように頑張った。

なのに、

ここで日登美に平謝りされては、これまでの努力が水の泡である。

「ひ、日登美さん、それはいいですから。私、何も迷惑してませんから。
さ、日登美さん、私も数字まとめなきゃならないから、仕事始めましょ。」

と、必死にごまかした。
だが、鋭い前田町がおかしいと思わないはずがない。

ところが、前田町は聞いていないのか、背中を向けたまま終始無言だった。
ときおり、前田町がからんだ痰を切る音が大きく響いて、それに歌陽子は心臓ごと飛び上がった。それでも、前田町はそれ以上何も言わなかった。

「くくくっ。」

何だろう?
どこからかうめき声が聞こえてきた。
かなり、苦しそうだ。
歌陽子は、心配になって席を立つと事務所を見回り始めた。

すると、

野田平が真っ赤になって青筋立てて苦しんでいるではないか。

「キャ〜!大丈夫ですか!野田平さん!」

慌てて駆け寄った歌陽子だったが、

急にガバッと体を起こした野田平が、彼女を弾き飛ばしそうになった。

「ダーッ、ハッ、ハッ、ハ!もう我慢できねえ!」

大声で笑いだした野田平にまたびっくり。

「な、何がそんなに、おかしいんですか?」

身体を両手のひろげたパーでガードして歌陽子が尋ねる。

「だって、よお。カヨがよう、カヨがよお・・・あんまり、よお。バカだからよお・・・。」

言うだけ言ってしまうと、またバカ笑いを始めた。

「あの、私のどこが、そんなに、バカ・・・なんでしょうか?」

野田平のバカ笑いの理由が理解できず、バカ呼ばわりにすら、返って丁重に聞き返してしまう歌陽子だった。

そして、ヒーヒー言いながら、野田平が机の上にバンッと置いた一枚の写真。

赤いフェラーリ、赤いドレス、そしてレッドカーペット。

こ、これは昨日のわたし。
なんで野田平さんが持ってるの?

「何のつもりだ、こりゃあ。似合わねえことしやがって。ああ、恥ずかし〜い。」

きゃあ、やめて!

「いや、素敵です。これがあなた本来の姿なんです。」

いつの間に後ろに来ていたのか、しきりにフォローしてくれる日登美。

「日登美よお、人間外見だけ飾ったって、中身がガキじゃ、しょうがねえだろ。」

ガキ・・・?

ちょっとカチンと来た歌陽子。

「お言葉ですが、私、ガキじゃありません。」

と言い返した。

「人前で小便漏らすようなやつ、ガキでなくて何なんだ?」

そう言って、野田平はもう一枚をバン!

それは、ステージの上でゾンビに迫られ、腰を抜かしている歌陽子。

こ、これは・・・。

確かに、おしっこをちびったよう情けない顔をしている。

「も、漏らしてません!ただ・・・物凄く怖かっただけです。」

「は、こんな明らかにつくりもんにビビリやがって、小学生かよ。」

毒を吐く野田平。

「か、歌陽子さん、申し訳ない!」

そして、平謝りする日登美。

かくて、収拾つかず。

だが、

じゃあ、泰造は?
泰造じゃなきゃ、こんな写真を持っていないし。
今、どうしてる?
それに、なんで日登美さんがさっきからそんなに謝ってくるの?

その時、ずっと無言だった前田町が口を開いた。

「嬢ちゃん。」

「は、はい・・・。」

「ちょっと、こっちへ来な。」

なんか不穏でない雰囲気が前田町の背中から発散されている。

「は・・・、は・・・い。」

進まぬ足を前田町のところまでやっと運ぶ。

「俺の足元見な。」

「え・・・?」

前田町の足元、彼が座っている机の下。
誰かが身を小さくして隠れている。

あれは・・・。

歌陽子は、思わず手を口に当てた。

「た、泰造さん!」

歌陽子の呼びかけに、机の下から顔を半分出した泰造は、こう返事を返した。

「や、やあ、メガネちゃん。」

(#30に続く)