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今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#25

(写真:夕陽の農場 その4)

ドリームライン

「あの、こへ返はないほ・・・。」

会場に来た時に泰造から着せられたパーカー、それを酔いの回った覚束ない手つきで脱ぎにかかった歌陽子(かよこ)をアケミが止めた。

「それ、私から返しておくから、もうちょっと着ておいてくれる?」

「れも・・・。」

「いや、そのね。それ脱がれるとあんたの格好は旦那には刺激的過ぎるって言うか・・・。」

「あっ、ふ、ふいませへん。」

赤い顔を心なしかさらに赤らめながら、歌陽子が答える。

「さ、立ちな。」

「はひ。」

アケミに手を取られて、歌陽子は立ち上がろうとするが、足元がふらついて、また座りこんでしまう。

「あ、ごへんなはい。」

「ごへんなはい、じゃないよ。さ、肩を貸すからしっかりしな。」

「はひ。」

歌陽子を支えながら、アケミはマサトシに声をかけた。

「じゃ、あと頼むね。」

「お、おお。」

ステージ裏手の通用口から出て、表に回ると一台のワンボックスが待っていた。

「ママ〜ッ」と車の中から幼い姉妹が手を振る。

「こおら、あんたたち、もう寝てる時間でしょ。」

そして、ワンボックスに近づいたアケミはスライドドアを開けて、運転席の男性に声をかけた。

「あんた、悪いねえ。こんなところまで来て貰って。」

「まあ、いいってことよ。久しぶりに昔の奴らと会えて楽しめたか?」

「さあ、どうかねえ。・・・こらっ、寝るな。」

歌陽子は、アケミの肩に頭を預けて立ったまま眠りに落ちようとしていた。

「あふ、ごめんなはい。」

「おい、なんだその子?」

アケミの亭主は、歌陽子に気づいて尋ねた。

「ああ、これ?一応、今日の主役なんだけどね、お酒一杯でこの通りよ。それでね、少し遠回りになるけど、この子の家に寄ってくれない?」

「ああ、構わんよ。何処だ?」

「ここ。」

そう言って、アケミはまだ意識がしっかりしていた時に歌陽子から預かった紙片を渡した。

「この辺かあ、高級住宅街だな。この子、金持ちなのか?」

「うん、そうらしい。・・・、こらっ、寝るなっていうのに。」

そう言って、アケミは歌陽子はなんとかワンボックスの後部座席に押し込んだ。

「あんたたち、イタズラするんじゃないよ。」

「はあい。」

座席に座り込むと同時に、ガクンと頭を下げて眠り始めた歌陽子を二人の姉妹は珍しそうに見ている。
アケミは二人が歌陽子に悪さをしないように言い含めようとした。

やがて、アケミは助手席に腰を下ろし、ドアをバタンと閉めるとワンボックスは動き始めた。

アケミは歌陽子に肩を貸して、筋肉が硬くなったのか、前を向いて肩をほぐすのに余念がない。
二人の子供は、母親の目がなくなったのをいいことに、歌陽子の頰を両手で挟んで彼女に変顔をさせて楽しんでいる。
歌陽子のおかしな顔に笑い出したいのを一生懸命こらえて、くくくっと小さな笑い声を漏らしていた。

ワンボックスは、夜の街をまっすぐ走っていく。近づいては後ろに走り去る道路灯が闇から切り取った光の広間をいくつもいくつもくぐっていった。
歌陽子は、どんな夢を見ているのか?

ゾンビの集団に襲われる悪夢か、広島で野田平の母親と過ごした優しい時間の夢か、父親の庇護のもと、もっと世界が単純で平和だったころの思い出なのか。

やがて、紙片に記された住所の近くまで来たところでアケミの亭主が言った。

「このへんなんだけどなあ。しかし、このへん随分壁が多いなあ。企業の研究施設かなんかか?」

「あんた、違うよ。あそこに門みたいなもんがあるよ。」

「えっ、これ家なのか?」

「ほら、もっと寄せてよ。間違いないわ。『東大寺』って書いてあるじゃん。」

「おい、東大寺ってまさか。」

「そう、この子は東大寺財閥の御令嬢なんだよ。」

「なんでまた、そんなたいそうなお嬢様が俺らみたいなもんの車に乗ってんだ?」

「話せば長くなるから、取り敢えずこの子、送ってくるわね。・・・、おい、カヨコ、着いたわよ。こらっ、起きろ!」

そして、アケミがまたこぶしを固めた時、

「はい、すいません、起きてます!」

と、 また叩かれる前にパチッと目を開けた。

「しょうがないねえ、あんたは。少しは酔いが覚めたかい?」

「はい、おかげさまで。あと、これ返さないと。」

そう言って歌陽子はパーカーを脱いだ。

「わあ、シンデレラみたい。」

パーカーの下の真っ赤なドレスが現れて、アケミの子供たちは目を見張った。

「おい、ホントだな。本当に御令嬢だな。」

アケミの亭主も感心して声をあげた。

「あの、それとも洗ってお送りした方が良いですか?」

少し意地の悪い笑みを浮かべてアケミが言った。

「あんた、気がつかないのかい。鼻が悪いねえ。それは、あいつらの誰ががゲロかけて汚いもんだから、うっちゃってあったんだよ。」

げ〜っ。

「私が捨てておくから置いておいて。」

「すいません。お礼はまた改めて。」

「そんなのいいって。それより、あんたまだ足元が心配だから玄関まで付いていくよ。」

そして、アケミに付き添われて歌陽子は東大寺家の玄関に立った。

「あれ、どうしたんだい。鍵とかないのかい?」

「あの、よく考えたら、家の鍵は車に置いてきちゃったみたいで。」

「本当にドジだねえ。じゃあ、インターホン押すよ。いいね。」

「あの、あまり遅くにインターホンを鳴らすと家のものに叱られますから。」

「だからって、ずっとそんな格好してここにいるわけにはいかないでしょ。」

「それは、そうですけど・・・。」

「面倒臭いねえ。えい、押しちゃえ!」

そう言って、アケミはインターホンのチャイムを乱暴に鳴らし始めた。

「ちょっと、アケミさん、やめてください。」

あわてて止めにかかる歌陽子。

ガチャッ!

インターホンの向こうで受話器を上げる音。

すかさずアケミがしゃべりかけた。

「あのお、カヨコお嬢様がお帰りだよ。誰かいないの?執事?メイド?爺やあ?」

「アケミさん、やめて。」

半泣きでなんとか止めようとする歌陽子。

やがて、インターホンの向こうから低い声が響いた。

「しばらくお待ちください。」

しかし、それから待たされること数分間。

「あんたの家、どんだけひろいのよ。」

待ちくたびれたアケミがぼやいたちょうどその時、

ガチャ。

玄関の横の通用口が開いて、一人の男性が顔を出した。

それに歌陽子は、思わず声をあげてしまった。

「お、お父様。」

(#26に続く)