今日学んだこと

分かっていることは書かない。分かっていないから書いて学ぶ。だから「今日学んだこと」なのです。

成長とは、考え方×情熱×能力#22

(写真:夕陽の農場 その1)

パーティ・ブレーク

手を伸ばして、歌陽子(かよこ)をステージの上に引き上げた泰造は、ステージの周りに集まってきたオーディエンスを足蹴で牽制していた。

「なんなの?この人たち?正気なの?」

歌陽子(かよこ)は、ステージに上がったものの、怖さと興奮と怒りですっかり腰が立たなくなって座り込んでいた。

「大丈夫だよ、メガネちゃん。もし、仮に奴らがゾンビだと・・・したって、・・・よくなんとかハザードって映画あるじゃん。ゾンビが・・・あれだけ大勢で押しかけて来ても、主人公は捕まらないし、・・・噛まれもしない・・・だろ。」

真剣なようにも、ふざけているようにも思える泰造、激しい運動に上がり始めた息を気にするでもなく話し続ける。

「それって、何故だか・・・分かる?」

声の怯えを隠しもせずに、歌陽子が座り込んだまま答える。

「そ・・・そんなの、知らないわ。」

「あのさ、・・・俺、よくハリウッドの撮影所に・・・見学に行っていたんだよ。そうしたらさ、・・・ゾンビって、手を伸ばしてつかんでくる癖に・・・噛みつきもしなければ、爪を立てることもしないんだ。もし、・・・ゾンビたちが本気を出したら、・・・ウィル・スミスだって、ミラ・ジョヴォビッチだって、・・・あっと言う間に食われてしまうだろう・・・な。」

「それ、映画の話でしょ!」

歌陽子は、半分泣いて、半分怒って言った。

その時、まるで血しぶきのように赤いレーザービームが飛び交った。
そして、いつの間にかドンドンドンと重いビートを刻む音楽が流れはじめていた。
まるで、今の歌陽子の心臓の音が会場一杯に鳴り響いているように思えた。

「これ、ゾンビパーティなの?」

「さあ、君はどう思う?」

「もう!」

音楽がひときわ大きくなると、会場のオーディエンスは手のひらを上に向けて、わらわらわらと動かし始めた。
そして、口々に恐ろしげに叫び始める。まるで会場全体がウォー、ウォーと共鳴しているように聞こえた。
ステージで腰を抜かしている歌陽子には、前に見たゾンビ映画より余程怖い光景だった。

突然、

バン!

と、一人の男がステージに手をついた。

「ひ・・・っ。」

縮み上がる歌陽子。
ステージに残ったその手形は、真っ赤に染まっていた。そして、不気味な笑い声を立てると低い声でこう漏らした。

「おい、タイゾー、独り占めは許さねえぞ。俺にも一口喰わせろ。」

そう言って、真っ赤な口をカアッと開けた。

「へっ、やるもんか。この子は俺んだ。」

泰造は、マイクスタンドを掴むと振り回しはじめた。それに怯んで、ステージに取りついていたオーディエンスは一瞬後ろに下がった。

ウオーッ!
ウオーッ!

一斉に不気味な声が響き始める。
天に突き出した手のひらは、どれもいつの間にか朱に染まっていた。
まるで、地獄のパーティだ。

「邪魔なタイゾーから食っちまえ!」

誰かが叫ぶと、最前列のオーディエンスは、一斉に泰造に殺到した。
そして、さっと身を引きかけた泰造の右足が彼らの血塗られた手に掴まれてしまった。

「こ、この・・・。」

追い払おうとマイクスタンドを振り上げた泰造は、さらに何本もの腕に足を絡めとられ、やがて激しく引きずられて、ドウと尻餅をついた。

「あ・・・。」

彼は小さく叫ぶ間も無く、あっと言う間にステージから引きずり降ろされ、泰造は何本もの手で身体を高々と持ち上げられて行った。

そして、彼自身真っ赤に染まりながら、わらわらと動く手の海に押し流されて、ステージとは反対の方向に連れ去られていった。
海の向こう岸で、泰造の身体に無数の腕が絡みつくのが見えた。
叫び声も聞こえない。
泰造はあっと言う間に噛み砕かれた。
そして、すすられて消滅したのだ。

「あ、ああ・・・。」

歌陽子は、この状況で唯一の庇護者である泰造を失った。
消えた泰造の代わりに、ステージに飛び乗ったのは女だった。
赤と茶色の中間色の髪を、田舎のはざの藁束のようにそそけ立たせて、彼女は少し猫背気味にゆらりと歌陽子の前に立った。
そして、口の端を歪めたかと見えた次の瞬間、裂けるかと思うようなすごい形相でニイと笑った。
彼女の歯が全て真っ黒に塗られているのが、さらに怖さを掻き立てた。

「食うわせろお」

女はカッと真っ赤な口を開け、腰を抜かしたまま目を大きく見開いている歌陽子の首筋に噛みつこうと顔を寄せてきた。
そして、彼女の後ろには、また無数の手が蠢いているのが見えた。

ヒュッ!

頭のヒューズが飛ぶ音がした。
人間はあまりに恐怖が高まると、正気を飛ばして自己防衛を図ろうとするらしい。

次の瞬間、歌陽子は腕を無茶苦茶に振り回していた。
押し寄せる恐怖を前に、せめての本能の抵抗だった。

そして・・・、

気がつけば、いつの間か歌陽子の手の中に女ゾンビの髪の束が握られ、むしり取られた髪のかわりに、女の綺麗な栗毛色の今風のヘアが覗いた。方や、女は突然の出来事に対処を困って完全に固まっていた。

へ・・・っ?

恐怖から一転、キョトンとした顔の歌陽子。

女ゾンビはいまいましげに、

「もう、全部台無しじゃん。どうすんのタイゾー!」

と大きな声で怒鳴った。

(#23に続く)