今日学んだこと

生きることは学ぶこと。オレの雑食日記帳。

成長とは、考え方×情熱×能力#21

(写真:琥珀の時間)

ステージパフォーマー

「これを着て。」

場から完全に浮いてしまった歌陽子(かよこ)に、泰造はそばの椅子にかけてあったフード付きのパーカーを渡した。

誰の?

気にはなったが、目立ちたくなかった歌陽子は素直にパーカーを着た。

そして、

「こっちへ来なよ。」

そう言って泰造は歌陽子(かよこ)の手を引いた。

「あ、ち、ちょっと。」

危うくつんのめりそうになりながら、泰造の後に従う歌陽子。
泰造が手を引いた先は、会場前方に大人の腰の位置くらいに段差がつけてあるステージだった。
泰造は、そでの階段を使わずに軽々と登ると、スタンドのマイクを取り上げて喧騒に向かって呼びかけた。

「ちょっと聞いてくれ!」

その声に喧騒は静まり、会場のあちこちで反応する声が上がった。

「タイゾーだ。」

「帰っていたのか?」

「ひさしぶりだなあ、タイゾー。」

「この野郎、金返せ!」

「今度は生きて日本ださねえからな。」

懐かしむ声や、本気なのか冗談なのか、かなり物騒な声まで入り乱れた。
しかし、泰造はかなりここでは顔らしい。
一方、その隙に歌陽子は、目立たないようにステージの下に身体を小さくした。

「お前ら、俺が前に日本に帰ってきた時にした約束覚えてるか?」

「バァカ、そんなん覚えてるかよ!」

「お前のことなんか知るか!」

お約束のように下卑た野次が飛ぶ。

「俺は!」

泰造ひときわ声を張り上げた。

「今度、ピカピカの女王様をこのステージに立たせてみせる、って、そう言ったんだ!」

「そうだ!そう言った!」

「俺も覚えているぞ!」

「だ・か・ら!」

泰造は、マイクを持っていない方の手の親指と人差し指を立てて、バンと銃を撃つ真似をした。

「今日、その約束を果たす。そうしたら、カケは俺の勝ちだ。それでいいな、みんな!」

その言葉と同時に、ウォーッと言葉にならないウネリが会場を駆け巡った。
あまりの想定外の展開にすっかり萎縮していた歌陽子がこわごわと会場の方に目をやると、オーディエンスは互いに言いたいことをぶつけ合っていた。

「カケってなんだよ?」

「あれじゃねえか?ヤツが勝ったらここにいる全員を相手に王様ゲームをするってやつだろ?」

「はあん、あんなやつに王様ゲームなんかやらせたら、無事にここ出られるやつなんか一人もいねえぜ。」

「だいたい、女王ってどう言う意味だよ。イギリスでも行ってかっさらってくるのかよ。」

「知るか!そんなことしたら、ケンペーに撃ち殺されっぞ。」

やがて、ひときわ大きな声が会場に響いた。

「タイゾーよう、おめえ、そりゃここに女王様がきてるって意味だよなあ。
当然、ボインボインのパツキンだろうな。」

「マサトシ、俺は『ピカピカの女王様』って言ったんだ。だから、別に金髪でなくても違反じゃないよな?」

ワーッと喧騒が高まる。
マサトシと呼ばれた男性は、それに負けないように声を張り上げた。

「タイゾー、マジかよ、おめえ。コーゾクなんかに手を出したらぶっ殺されっぞ。」

それを聞いた泰造は、さも愉快そうな顔をした。
そして、

「バァカ、もっとヤバい相手だよ。おい、ジェイムス、さっき送ったメールをスクリーンに映してくれ。」

と、DJボックスに向かって言った。
ジェイムスが誰かは分からない。
だが、おそらく彼がスクリーンいっぱいに写真を映し出した。

「な・・・。」

あれは、私じゃないの。

歌陽子は文字通り魂消た。
そこに映し出されたのは、フェラーリをバックにレッドカーペットを颯爽と歩き始めたさっきの彼女。

泰造〜!
私に声をかける前に、隠れてこっそり盗撮したなあ!
でも、私、あんなになりきっていたんだ。
恥ずかし過ぎる。

歌陽子は、当然オーディエンスの嘲笑を覚悟した。
だが、誰も笑い声を立てなかった。
さっきまでの喧騒が嘘のように止み、気を抜かれたように立ち尽くす一団がいた。

「あ、赤え・・・。」

彼らから漏らされた最初の一言だった。

フェラーリの赤、ドレスの赤、そしてレッドカーペット。

「なあ、タイゾー、誰なんだこのオンナ?」

それは、次に彼らが発した言葉。
そして、泰造の答え。

「この娘はなあ、とある大財閥のお嬢様なのよ。腐るほど金があって、チャリみたいにフェラーリを乗り回して、いつも自家用ヘリを飛ばしてるのさ。」

い、いつもじゃないわ。
たまたまよ。

「すげえ!超超超超超超、金持ちかよ!女王様じゃん。」

「言ったろ、俺は約束を果たしたって。」

「ど、どこにいるんだよ。」

「気がつかないのかよ。ほら、ステージの下で小さくなって隠れてるいる子がいるだろ?」

た、タイゾー!
あ、あんた〜!

「あ、本当だ!ここにいるぞ!」

「俺も触らせろ!」

「おめえら、がっつくんじゃねえよ。」

そして、歌陽子の周りから手が何十本も伸びてきた。

身体が勝手に動いた。
そして、反射的に歌陽子は、ステージに登って難を逃れようとした。
だが、うまくステージに上がるための手掛かりがつかめずに、ジタバタした。
その歌陽子にステージの上から救いの手を差し伸べたのは、あの泰造だった。

なんなの、ここ!
どうして、こんなことするの?

怒りと怖さで混乱する歌陽子に、ニッと歯を見せた泰造であった。

(#22に続く)