成長とは、考え方×情熱×能力#17
クイーンズナイト
「こおら。何ボーッとしてるの?」
女子トイレの洗面台のヘリに手をついて、ジィッと鏡を覗き込んでいる歌陽子(かよこ)の背後から、指が現れて彼女の頬をギュッと押した。
「あ、清美さん。」
肩越しに覗いたのは総務部の佐山清美の顔だった。会社では、年齢も近く気を許して話ができる数少ない先輩の一人である。
「また、あのオヤジたちにいじめられたんでしょ?」
「そのう、今日は違うかな。」
「じゃあ、やっぱりロボコンのこと?」
「一応、それ系です。」
「だよね。あんたが仕掛け人だって専らの噂だもん。ちょっと、派手にやり過ぎて身動きが取れなくなってんじゃないの?」
「それもあるんですけどね・・・。ねえ、清美さん。いくら仕事のためだからって、知らない男性と一晩おつきあいするって言うのは、やり過ぎですか?」
「は?」
「だから、知らない男性と・・・。」
佐山清美は歌陽子と肩を並べて隣の鏡を覗き込んで、歯を見せてニーッとやった。
「あのさ、柄にもないことするもんじゃないわよ。あんた、超お嬢様なんだし、まともに男の人と付き合ったことなんかないでしょ。」
「ええ、まあ。そりゃ。」
「もう中学生や高校生とは違うのよ。私らの場合はね、軽い気持ちでデートとかあり得ないの。そう、食うか食われるだね。」
「それって・・・、その。」
「だから、特に夜にデートする時は、下手すりゃキズモノにされるくらいは覚悟しておきなさいってこと。」
「そんなあ、困ります。」
「でしょ。それに、そいつのこと好きでもないんでしょ。」
「どっちか言うと嫌いかな。」
「じゃ、やめときなよ。ところでさあ、あんたに手を出そうって男、どんなヤツ?やっぱり、どっかの会社の社長のボンボン?」
「いいえ、あの、アメリカでCGのアニメを作っている人です。」
「へえ〜、クリエイター系。そりゃ、たいした度胸だね。だって、まかり間違えば一生棒に振るよ。それか命かけても、東大寺一族に自分のDNAを残そうっていうのかな。」
佐山清美は手に持った小ぶりのポーチから口紅を取り出して、丹念に塗り直す作業を始めた。
「清美さん、ちょっと露骨すぎます。」
「あはは、ゴメン、ゴメン。ちょっとあんたには刺激が強すぎたかな。でも、例の三匹の強面連はなんて言ってんの?」
「それが・・・。」
あの時、泰造が「この俺と一晩デートに付き合ってください」と口走った瞬間に、前田町の拳が飛んだ。
後頭部から殴り倒された泰造を尻目に、
「さあ、嬢ちゃん、こんなくっだらねぇことはもう十分でえ。とっととけえるぞ。」
と捨てゼリフを吐いて、歌陽子の手を引いてマンションを後にしたのだった。
あと前田町は「やめとけ」の一点張りだった。
しかし、歌陽子はそれで済ませるわけにはいかなかった。
それでも、なんとか泰造に協力して貰って、ロボットコンテスト用の自立駆動型介護ロボットを完成させなくてはならない。
そこで、いろんなSNSに当たって泰造を探し出して、そこからメッセージを送った。
「歌陽子です。今日はゴメンなさい。よろしければ、もう一度会えませんか。」
対する泰造の答えは、
「メガネちゃんが一人でくるなら会ってもいい。だけど、前と同じじゃダメだよ。お嬢様らしく、バッチリ決めて来てよ。俺の東大寺歌陽子のイメージを送るから、その通りの君で、明日20時に待っている。」
そして、待ち合わせの住所と、一枚の画像が送信された。
画像のタイトルは、「Queen's Night」。
(#18に続く)