成長とは、考え方×情熱×能力#16
いやな奴
「おめえよお、もういい加減、日登美のこと許してやったらどうなんでえ。」
事情に詳しい前田町が泰造を諭そうとした。
「せっかく前田のオジさんにそう言って貰っても、こればかりは無理だね。」
「だがよう、ものは考えようだぜ。今のお前がいるのも、オヤジさんのスパルタのおかげだろう。」
「それはそれ、これはこれさ。だいたいまだ18の息子を着の身着のまま、国外に追い出すってどうなのよ。」
さっきから不思議そうな顔をしている歌陽子(かよこ)であった。
「どうした嬢ちゃん?」
「だってですよ。隣のうちに追い出すわけじゃないでしょ。パスポートだっているし、入国審査だっているし、例え旅行先に置き去りにしたって、お金も持たずに未成年者がウロウロしていたらアッと言う間に保護されて強制送還とかされませんか?」
「あ、それ?そこはオヤジは抜かりなかったのさ。」
思い出すと腹がたつのか、泰造は口を尖らして吐き出すように言った。
「いつものように悪さして、警察に世話になって帰ってきたら・・・。」
「悪さって?」
「君ねえ、そこ突っ込むとこ違うよ。」
「まあ、こいつは基本小物だからよ、悪さって言ってもたかが知れてるのさ。街で悪仲間のグループを作って、幅を利かしていた暴走族に出入りをかけるとか、ドラッグの売人を偽って金持ちのボンボンから金巻き上げるとか、その程度よ。」
「えっ・・・と、それが小物の悪さですか?じゃ、前田町さんの言う本物の犯罪って。」
「お、ガハハハハハハ、まあ、いいってことよ。」
この人たちホントはとんでもない人じゃないかしら。
「えへん。」
話を取られて少しご機嫌斜めの泰造。
「あ、ごめんなさい。それで、どうなったんですか?」
「それでね。家に帰ったら山のような体つきの男が数人いてね。そのまま無理やり車に押し込まれて空港に直行。あとで聞いたら、オヤジの友達のプロレス団体のヤツらで、アメリカに巡業するついでに俺のことを拉致して連れ去ったってわけ。」
「そ、そんな無茶な。私なら『助けてえ!』って叫びます。」
「だろ?だけど、相手は本物のレスラーだし、『オヤジも全て承知しているからジタバタするな』とか脅されて、もうショックで抵抗する気とか失せちゃってさ。俺、喧嘩とか結構してたから、逆らっちゃいけない時って敏感に分かるんだよね。
でも、別にオヤジも承知ならヤバイとこへ連れて行かれる訳じゃないし、こいつらと離れたらサッサとずらかろうと思ってた。」
まあ、なんて修羅場な人生・・・。
「だけど、連れて行かれたのは本物のヤバイところだったんだ。」
「そ、それって・・・。」
「俺がアメリカで引き渡されたのは、すっごい変人ばかりのラボでさあ。そこでは、物凄い機密を扱っているから、一度放り込まれたら半年は日の目を見られないような場所だったんだ。」
「こいつのオヤジがそこの所長と旧知の仲で、とにかくヤバくて手が足りないラボだったから、こんな奴でも何にも言わずに受け入れたって訳さ。」
「何しろ、半年は幽閉され、娑婆に舞い戻っても3年間は監視がつくって場所だろ。
それでも、半年さえ過ごせば帰国も条件付きで認められたから、オヤジにしてみりゃ、手っ取り早い短期間の矯正施設のつもりだったんだろうけどさ。
だけど、俺はつくづくオヤジのやり方に腹が立っていたんだ。自分の都合の良い時はいい子で、手に負えなくなったらさっさと施設で矯正して、真っさらにしてうちに戻そうなんて、子供を何だと思ってるんだ。」
「泰造。それは違うぜ。矯正だけが目的なら日本にもそれが目的の場所はいくらでもあるだろ。そうじゃなくて、オヤジさんはおめえにもホンモノの技術ってもんを身につけて欲しかったんじゃねえのか?」
「確かにね、プログミング技術だけは徹底的に仕込まれたよ。あの最低の場所で唯一感謝しているのはそこさ。
だから、せっかく身につけたプログミングの技術を生かしてアメリカで何かしようと考えたんだ。
幸い半年間務めたから、それなりの手当てはついていたし、その間オヤジが仕送りしてくれた金を合わせればそれなりの金額になっていた。それを元手に本場でCGを学びながら、有名スタジオの面接を受けたんだよ。
そして、アメリカに来て3年後、やっと念願叶って今のスタジオに拾って貰えたってわけ。」
そこで前田町がしみじみと言った。
「日登美のヤツ水臭えよな。俺に頼みさえすりゃあ、立派に技術のイロハも叩き込んで、性根も叩き直してやったのに。
それが、変に気を使いやがって、こんなシンドイことするこたあなかったのによお。」
それを聞いて泰造の顔が引きつっている。
そうならなくて心底良かったと思っているに違いない。
「ま、そういう訳で、オヤジとは断絶。お袋とはこっそり連絡してるけど、もうオヤジと一生口を利くつもりはないよ。だから、今回のことも、悪いけどあきらめて。」
口を開きかかった歌陽子より先に、前田町が泰造に話しかけた。
「なあ、てえ造、おめえの気持ちも分からんでもねえが、ここはひとつ嬢ちゃんと俺の顔を立てて、ウンとは言ってくれねえか?」
「だあめ。」
「なあ、大の男に何度も頭を下げさせるもんじゃねえよ。」
「前田のオジさんには随分悪いことを教えて貰ったから、そこは感謝してるよ。」
「こ、こら、いらねえこと言うんじゃねえ。」
「だけど、これは俺たち親子の問題だよ。他人が割り込むのはやめて欲しいんだよね。」
「た、他人だとお。てめえ、俺に向かって他人たあなんだ。」
「怒った?」
「タリメーだ!なあ、嬢ちゃん、こんな根性の曲がった奴をこれ以上相手していてもラチがあかねえ。サッサと帰ろうぜ。」
「ま、待って!前田町さん。」
青筋を立てている前田町をなだめながら、歌陽子はさらに言葉を継いだ。
「この人は私たちにどうしても必要なんです。それに、私、泰造さんの気持ちが少し分かります。」
「また、またあ。」
お嬢様が何を分かったふうなことを言うのさ、とばかりに泰造は手をヒラヒラさせた。
「本当です。だって・・・私もお父様の意に反して自分の道を進んでいるんですから。親の決めたレールに窒息して、それより傷だらけになって自分で歩くことを選んだんですから。」
「嬢ちゃんの言うことに嘘はねえ。俺たちが毎日見て言うんだからまちげえねえよ。」
前田町の援護に、さすがの泰造も腕組みをして揺らぎ始めた気持ちを整理しようとした。
そして、沈黙の1分の後、腕組みを解いた泰造が言った。
「分かった。そんなに言うなら考えてもいい。」
「本当ですか!」
「ただし、条件を出させて貰う。」
「何でしょう?」
「じゃあ、言うよ。
メガネちゃん、
この俺のデートに一晩付き合ってください。」
え、なんて・・・?
さんざん人を馬鹿にするかと思えば、威張りちらすし、挙句にデートしろなんて。
ホントに嫌なヤツ。
(#17に続く)