成長とは、考え方×情熱×能力#15
親子断絶
「またあ。やだなぁ、メガネちゃん。」
少し怖気付いたのか泰造は弱気な声を出した。
そう、歌陽子(かよこ)はその気になれば東大寺の顔にでもなれるのだ。
「冗談ですよ。日本人が国籍を剥奪されたなんて、今まで聞いたことがありません。」
「だ、だろ?」
外務省なんて言うもんだからビビったじゃないか。
「でも、渡航を禁止ならできるかも。」
これならありえそう。
口では寛大なところを見せても、自分のことを貧乏たらしいと言われて、歌陽子は腹ぞこで相当腹が立ったらしい。
ここぞとばかりに反撃を始めた。
「ち、ちょっと、待って。
東大寺のお嬢様、そんなことを言うために俺のところへ来たのですか?」
わざと慇懃な言い方をしてくるところが憎らしい。しかし、こんな嫌味の応酬をしていても仕方ないし、早く軌道修正しなければ本来の目的が果たせないと歌陽子は思い直した。
「失礼しました。」
歌陽子はフローリングにきちんと正座をして、姿勢と言葉を改めた。
「今日は三葉ロボテク開発部課長として伺いました。」
「三葉ロボテク?ああ、オジさんたちの作った会社ね。」
泰造も起き上がると歌陽子に向かい合って座った。
「昔のこった。それも今や東大寺の傘下だ。」
前田町がボソッと言えば、また要らぬこと言いの虫が騒ぎだし、
「で、今は東大寺の小娘のカバン持ちってわけ・・・。
イ、イテテテテ!」
全部言い終わらないうちに、あまりの痛さに飛び上がる泰造。軽口が止まらない彼の太ももを、歌陽子が思い切りつねりあげたのだ。
しかし、当の歌陽子は表情一つ変えずに、話を続けた。
「東大寺グループは、自立駆動型介護ロボットの開発を計画しています。
ただ今のところ、グループ内で進んで開発の頭を取ろうと言う会社は出ていません。」
そりゃ、雲をつかむような話だもんな。
「東大寺の代表、つまり私の父ですが、私のいる三葉ロボテクにその旗振り役を務めて貰いたいと考えました。そして、私が交渉役に任命されたんです。。」
むちゃぶり。
「ただ、会社で1課長に過ぎない私が、東大寺の名前を使ってゴリ押しするわけにもいかず困っていました。
しかし、前田町さんの発案で社内のロボットコンテストに出場して、そこで直接社長にプレゼンをすることにしたんです。」
そこで、あくびを噛み殺しながら泰造が一言。
「はあ、君、たいしたもんだね。企業のオジさんたちと話しているような気分になるよ。」
そこ、感心するとこ違うでしょ。
しかし、歌陽子は無視をして続けた。
「ロボットコンテストには実際に動くロボットが必要なので、前田町さんたちが頑張って作ってくれています。しかし、あくまで自立駆動型介護ロボットを社長に見て貰わなくてはならないんです。」
「そりゃ、ハリボテってわけにはいかないだろうね。で、それと俺となんの関係があるの?」
「自立駆動型とは、自分で考えて高齢者をアシストするロボットです。それは、今世界中で研究されている人工知能の分野ですが、ご存知の通り私たちが必要とするレベルの人工知能はまだ開発途上です。それに、もし開発されたとしても、それを搭載して動かすために何年もかかるでしょう。」
「つまり、今存在しない未来のロボットのプレゼンをしなきゃならないわけだ。むしろ、ロボットを使用して劇をするわけだよな。
でも、そんなの簡単だろ?」
「そうなんですか?」
「君がロボットの外装を被ってシナリオ通りに演技すりゃいいだけじゃん。」
「ま、まさか。そんなわけには。」
さすが、アニメーター、発想が飛んでる。
「じゃあ、前田のオジさんが被る?」
ゴスッ!
前田町のゲンコが落ちた。
「確かに演技するんです。でも、そこはロボットメーカーらしく、プログラムで動かしたいんです。しかも、あくまでもスムーズに、あくまでも人間らしくが大事なんです。」
「で、そのプログラミングを俺に頼みたいんだ。」
「はい!」
歌陽子は期待を込めて大きな返事を返した。
「できるか、できないかって言われればできるよ。それに、年内は日本でゆっくりするつもりだったから、時間も問題ない。気晴らしにもなるしね。
でも、するかしないかって言われれば、しないかな。」
手の内に掴みかけた小魚がスルリと逃げるような感覚。そして、なんとしても逃したくない歌陽子。
「ど、どうしてですか?」
「確かに、プログラムは書けるよ。でも、ロボットのプログラムだろ?インターフェースの知識がいるじゃん。そうすると、電子制御の担当は当然うちのオヤジだろ?」
「まあ、そうだな。」
前田町は同意した。
「オヤジとの共同作業は願い下げだよ。なにしろ、俺ら断絶してるんでね。」
(#16に続く)